中小企業の海外展開入門
「HRインスティテュート」ボランティアが人材育成ビジネスへ成長
ビジネスで海外進出をする会社が大半を占める中、ボランティアを機に海外事業をスタートさせた会社がある。それはビジネスコンサルティングや研修を手掛ける株式会社HRインスティテュート(HRI)だ。7年にわたり海外事業を統括している三坂氏とベトナムに駐在している川村氏に話を聞いた。
ビジョンハウスをベトナムに
HRIは1993年に設立された会社である。設立時より将来的な海外進出を視野に入れていたため、日本とアメリカで会社登記をし、社名もグローバルで通用するようなものにしたという。
HRIには「シェアリング」という考えが根付いている。それは、自分たちが得た経験やお金をなるべくシェアしていこうという考えだ。順調に業績が伸び、ある程度の内部留保が蓄積されたことを機に、シェアリングの考えを実現すべく、創業まもなく日本と海外でボランティアを始めた。
ネパールを訪れた時、300万円で学校が建てられることを知り、自社で学校を設立することを決めた。2003年に本社のビジョンハウスが完成したのと同時に、ビジョンハウスプロジェクトを立ち上げた。ビジョンハウスとは、どんな場所でもよいので夢やビジョンを語り考える場のことであるが、海外においてその役割を果たすのは小学校や幼稚園だと考え、それらをつくる支援をするためのプロジェクトがスタートした。
予算は300万-400万円。宗教問題がない、親日的である、治安がよい、教育格差があり教育機会が均等ではない、自分たちも行って楽しめるなどの基準で白羽の矢が立った国がベトナムだった。そこで、ベトナムの旅行代理店とコンタクトを取り趣旨を伝えたところ、中部エリアの都市ダナン市を勧められた。このプロジェクトは政府も支援をしてくれたが、ダナン市外務局の職員ヒュー氏との出会いによりこのプロジェクトをスムーズに進めることができた。
ヒュー氏から紹介されたのはクエロックという村だった。まずは、2005年に小学校が完成しそれ以降、年2校の建設ペースで幼稚園と小学校を建設し、現在では7校になった。現在もこのプロジェクトはカンボジアで進められている。
想いと力のある人との出会いがなければ海外での事業展開はできない、と三坂氏は語る。ヒュー氏とは今もビジネスパートナーとしての関係が続いている。
ベトナムで人を育てる
幼稚園や小学校を建設するというプロジェクトから政府関係者とのコネクションができてきたが、それにより現地に深くかかわらなければ見えてこない問題や課題を知ることとなった。
ベトナム経済は外資に頼り、いかに日本や中国から資金を持って来るかに執着していた。外資で事業をつくるというのが彼らのやり方であり、自分たちで人材を育成し産業基盤をつくるという発想の優先順位は低かった。
ベトナムの経済は依然1次産業が中心で、他は投資のかからないIT関係の事業しかない。例えば、原子力などの技術開発や港湾事業を自分たちで手掛けることはできない。
ベトナム人は勤勉だが短期志向。長期ビジョンを持っている人は少ない。人材も1社にとどまることがなく高い給与を求めて転職をするため、腰を据えてスキルアップを図るということもない。そうなってくると、人が育たずお金をくれるところだけに人が集まるという構図になる。
しかし、ベトナムでも人を育てていかなければならない時代が来るだろう。そこで「ベトナムで人を育てるということに何とか貢献したい」という結論に至ったという。ちょうとその時、政府から「ダナン市で会社をつくってもらえないか」との依頼があった。ホーチミンやハノイにはアメリカやオーストラリアから人材育成支援企業が進出していたが、著名人のセミナーを開催することが主であり、現場レベルでの人材育成には着手できていなかった。
そこであえて中部に会社をつくり、日本から駐在員を派遣し政府関係者の協力も得つつ会社設立が決まった。2009年からリサーチを始め、2010年に事業を開始。当然事業の拠点はダナン市。実際のビジネスは大都市の企業が中心だが、ハノイとホーチミンへはそれぞれ飛行機で1時間くらいであり利便性もよい。当初、なかなか事業として成り立たなかったが、最近になりようやく事業としてのサイクルが回り始めた。
HRインスティテュートの事業の3本柱はベトナム進出支援、トレーニング、コンサルティングだ。ターゲットはすでにベトナムに進出している企業とこれから進出しようと考えている企業。主に前者は大企業で、後者は中小企業だ。大企業には5Sや報・連・相などのコンサルティングや各種トレーニングを行い、中小企業へは進出支援とグローバルリーダー候補者向け研修、進出前の視察ツアーなどを提供している。視察ツアー参加企業には自社オフィスをレンタルし、現地の視察や大学との面談などの機会を提供している。
日系企業へのコンサルティングでは、日本の企業を退職した人たちの協力を得てさまざまな指導を行っている。彼らは50代半ば前後で、会社の都合でやむなく退職せざるを得なくなった人材だ。スキルは持っていても活かす場所がないとの思いが強いため、パワーに溢れている。彼らには1カ月に1週間程度現地に赴き、現場で指導を行ってもらっている。この取組みは日本の新聞やビジネス誌でも取り上げられたことがある。2020年に工業立国を目指しているベトナムはさまざまなノウハウを求めているため、彼らの技術やノウハウが必要とされるのだ。
日系企業においては、駐在員の数が少ないうえにベトナム人の従業員は育っていない。すなわち、マネージメントサイクルが回らない状態となっている。そこで、そのサイクルを定着させるための手法を現地のミドルマネージャーに教育し、駐在員のマネージメントの負担を軽減させるという活動を行っている。
HRIでは韓国でも2010年に会社を設立している。ベトナムで活躍してくれる人材を募集したところ、応募してきたのが現在の韓国オフィスの責任者だった。面接の折、この人となら一緒に仕事ができるというインスピレーションから、韓国でも事業を立ち上げることが決まったという。韓国はコンサルティングだけであるが、順調に成長している。
日系企業が進出する土壌を作りたいという想いから日本語センターを設立
日本ではあまり知られていないが、ダナン市および近郊都市のホイアンは欧米人の間では有名なリゾート地である。30kmにもわたりビーチが続き、世界的なホテルチェーンも進出している。そんなホイアンに2012年に日本語センターを設立した。
「産業を興すには言語が通用しなければならないし、言葉を通じて文化を理解することもできる。仮に日本語人材を増やすことができれば、文化交流を図ることができるだけでなく、日系企業が進出する土壌もできる。中部地区には優秀な人材が多いため、今後は中部に進出する日系企業も増えるはずだ。また、お世話になっているダナンやホイアンの方々にもっと日本のことを知ってもらいたい、そして、日本語を通じて彼らが成長する仕事の機会をつくることに貢献したい」
その考えが日本語センターの設立につながった。
現在センターに通っているのは、ホテルや飲食店に勤めている人やそれらの業界を目指している学生達だ。ホイアンにいる日本人は少ない。英語、フランス語を話す人はいても、日本語を話す人がいないため、話せる人材が必要とされる。
生徒獲得はビラ配りや口コミが主となっている。若い人はフェイスブック(Facebook)を使っているので、それで評判が広まっている。ベトナムの口コミパワーは日本では想像できないほどで、よい先生だという噂が広まると、その先生の授業はたちまちにして生徒であふれかえるという。さすが向上心の強い国は違う。
センターに通う生徒は40名ほどだが、中には毎日通う生徒もいる。ちなみに、ベトナム人に限らず優秀な人は夜に勉強している。社会人であっても勤務後に学校に通う人もいる。日本は就社精神が強いが、ベトナムは就職意識が強い。英語や日本語などを使えるようになって自分の価値を高め、より高い報酬を求めて転職する。しかし、働く場を決めるのはお金だけではない。学びの場を提供するといった付加価値も、働く企業を選ぶ重要な要素となっている。
海外事業の成功のためのキーワードは「現地化」
これまでの話を聞いていると、HRIではベトナムでの事業展開において困ったことや苦労したことなどないのではないかとも思えてくる。そのことについて質問したところ、三坂氏は、「うちだって今でも苦労していますよ」と笑顔で答えた。
「今でも一番難しいと感じていることですが、1つは日本でやってきたものをベトナムや韓国でどこまで反映できるかということです。すなわち、どれだけローカライズできるかということですね。加えて大事なのは、バランス感覚の高い地元企業の経営者を見つけることです。日本のやり方も理解しかつベトナムの事情も勘案してマネージメントできる人を採用しなければなりません。日本からの駐在員がトップを担うケースが多いのですが、やはり共同代表は必要だと思います」
メーカーであれば商品や製品を現地に持って行けばよいが、HRIの提供するサービスは目に見えるものではない。ベトナムや韓国にはそれぞれの文化がある。しかも、教育は非常に土着性の強いものであり、日本のやり方をそのまま海外の業務に置き換えることは難しい。海外では笑いの取り方も違う。仕事においても、骨子は一緒であったとしても伝え方がまったく違うのだ。ローカライズする力がなければ、受け入れてもらうことはできない。三坂氏は日本の本社でマネージメントをしているが、ベトナムの現地法人の自主性も大切にしなければならないと考えている。ベトナムの代表と共に経営をしていく、そのさじ加減が難しい。グローバル人材に必要なのはバランス感覚だ。自分たちの目標を押さえつつ、現場の意向を反映し、本社の意向もくみ取る。そのうえで全体の均衡をとる。あらゆる感情を理解できる人でなければならない。ベトナムに進出して改めて気づいたことは、日本にいるとベトナム現地の欲しい情報が入ってこないということだそうだ。情報は人を介してしか入ってこない。意思決定の背景を聞いても、自身で見聞きすることができないため、現地の経営者や社員の声を信じるしかない。日本であれば目が届いても、海外であれば直接見えないだけに不安も大きい。そこで干渉の度合いを強めてしまうと、OKY(おまえがきてやれ)と言われるようになってしまう。だからこそ本当に信頼できる人材を置くということが重要であるというのだ。相手の立場を理解するうえでも、海外拠点との人事ローテーションは必要であると三坂氏は言う。
実際にベトナムに駐在している川村氏にも苦労していることを聞いた。
「主役は誰か、ということが一番大きいですね。成果を挙げたい、本社に認められたいと思っても、ベトナムで仕事をしている以上、主役はベトナム人であるべきです。自分が出すぎると、協力してくれているベトナム人の方々はいい思いをしませんし、あなたと仕事をしたくないと言われます。もう1つは変な日本文化を持ち込まないということ。例えば、朝食を抜いてしまうとか、定時に帰宅しないということなどですね。ベトナムではそんな会社では働きたくないし、日本流のやり方を持ち込まないでほしいと言われるので、そのような姿勢も見せてはいけませんし、話もしてはいけません」
ベトナムではオフィス自体が20時に消灯し、それ以降残っている場合にはビル側から追加料金を請求されるような仕組みになっているという。夜中まで電気のついたオフィスが目立つ日本とはまったく違う。
また、ベトナムでは公私の区別についてはあまり明確ではないという。友人感覚で接していく過程で人となりを認めてもらってから仕事に入っているそうだが、公私をすっぱり切り分けてしまうと人格がわからないし一緒に仕事をしたくないと言われるそうだ。人付き合いの仕方も日本とは異なる。
「仕事を創る人をつくる」
現在は現地の日系企業を中心にサービス提供しているが、いずれはベトナム企業の人材育成に取り組みたいと考えている。日本の良いところも伝え、どうやって受け入れられるかを追究したい。勤勉さを仕事に活かして自分たちのことは自分たちで行っていくという人材を育成し続けたい、というのが川村氏の夢だ。
日本語センターについては、単に日本語を教えるだけではなく雇用機会につなげたいと考えている。「仕事を創る人をつくる」ために人の主体性を引き出すというのがHRIの企業理念である。例えば、アニメコンテンツなどのように、日本にあってベトナムにないものはたくさんある。センターの学生が日本とのかかわりの中で将来の仕事につながる勉強をし、仕事を創ってベトナムで独自の産業を起こすという起点になればよいと考えている。
ベトナム人と接してわかったのは、言葉を学ぶことがキャリアのスタートである、ということだと三坂氏は言う。英語を話すことができれば一気にキャリアの幅も広がり、日本語ができればもっと可能性が広がる。言葉を教えるということは生き方の幅を広げるための道標にもなる。そのような使命感をもってセンターを発展させたいと考えている。
三坂氏は将来、海外36カ国のオフィスの代表が一堂に会するという状態をつくる夢も描いている。HRIの基本理念はつながっているが、国に合わせたやり方で人材育成を行っているという状態が理想だという。
現在はベトナムと韓国の2拠点だが、すでに中国とシンガポールへの展開が決まっている。シンガポールを起点にASEANをカバーすると同時に、ベトナムとの距離も近くなるため相乗効果が発揮できるのではないかと考えている。
ASEANという地域で事業を展開し、その国の人材が自国の人材育成を行っていくという環境をつくりたい。現地の人材を育成し、雇って、営業して納品するというサイクルをつくり上げたいという強い思いがHRIの原動力だ。
企業データ
- 企業名
- 株式会社HRインスティテュート
- Webサイト
- 代表者
- 野口 吉昭
- 所在地
- 東京都渋谷区神宮前1-13-23 HRIビジョンハウス
- 事業内容
- サービス(コンサルティング、教育支援)