法律コラム

中小企業と働き方改革関連法(総論)-全体像と主な改正項目

2019年8月13日

解説者

特定社会保険労務士 野村孝太郎

はじめに

「働き方改革というけど、いつまでに何をすればいいのか?」、「年休を取らせないと法律違反になるのか?」、「36協定届の様式が変わるのか?」、「同一労働同一賃金というが、何をしなければならないのか?」といったお尋ねをいただくことがあります。2019年4月1日から順次施行されている「働き方改革関連法」(「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」)は、盛り込まれた政策が多いうえ、企業規模や業種等により適用の時期が異なるので、「なにを、いつまでに、しなければならないのか」、確かに分かりづらいところがあります。

「働き方改革関連法」の柱と中小企業への適用

「働き方改革関連法」の柱は、大きくは二つです。一つは、「労働時間の上限規制の強化」を中心とする労働時間に関する労働基準法などの改正法。もう一つは、同一労働同一賃金に関する「パート有期法」(「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」)です。

中小企業への適用時期別に改正項目を並べると、図表1のようになります。労働時間関係法の中心である「労働時間の上限規制の強化」(図表1の⑥)は2020年4月から、「パート有期法」(⑧)は2021年4月からと適用まで猶予がありますが、2019年4月から適用されている改正法(①から⑤)も少なくありません。「年次有給休暇の取得義務化」(①)と「労働時間の把握の義務化等」(②)は、すべての中小企業に適用され、前者では違反に対する罰則が設けられている点で、重要な改正法ということができます。

図表1.中小企業に関する働き方改革関連法の施行時期

このシリーズのねらい

このシリーズでは、働き方改革関連法のうち、中小企業にとって重要性が高く、対応が急がれると思われるものに焦点を当て、3回に分けてご説明します。第1回は「年次有給休暇の取得義務化」(①)、第2回は「労働時間の上限規制等」(②、⑥)、第3回は「同一労働同一賃金」(⑧)です。「フレックスタイム制」(③)、「高度プロフェッショナル制」(④)、「勤務間インターバル制」(⑤)は中小企業への当面の影響が限定的と思われること、「時間外労働60時間超の割増率50%への引上げ」(⑦)は2023年4月からの適用であること、同一労働同一賃金に関する「改正労働者派遣法」(⑧)は主に派遣元事業主を対象としていることから、このシリーズでの詳しいご説明は割愛します。

以下では、各回のテーマごとに、概要をご紹介します。「中小企業」の定義は、ご承知のことと思いますが、図表2として掲げました。

図表2.中小企業の範囲
「資本金の額または出資の総額」と「常時使用する労働者数」のいずれかが下の基準に該当すれば中小企業と判断されます。事業場単位ではなく企業単位であることに留意する必要があります。

1.「年次有給休暇の確実な取得の義務化」

改正法の目的

労働相談でお話を聞いていると、「年休をとらせる余裕がない」といった使用者の方の声や、「年休をとらせてもらえない」などの労働者の方の不満を聞くことが少なくありません。こうしたことは、年休取得率に表れていて、欧米では100%取得が原則であるのに対して、日本の取得率は50%前後で推移してきました。この取得率の向上を図ることが改正法のねらいですが、年休を「取らない」・「取れない」人には長時間労働の傾向がみられることも、労働時間に関する改正法の一つとして年休関係の法改正が行われた背景となっています。

改正法のポイント

改正労働基準法は、2019年4月から、年5日までの年休取得を使用者に罰則付きで 義務づけ、年休管理簿の作成を義務化しました。使用者の皆様にとっては、「仕事が忙しい」「人手が足りない」などの経営上の事情があるとしても、「年休をとらせる余裕がない」という説明は、年5日の年休についてはできなくなったということです。また、従業員ごとに、年休の付与日、日数などを把握し管理する対応も求められます。

求められる対応

年休については、根拠法である労働基準法や判例等の蓄積により、次のような考え方が確立されています。

  • 6ヵ月間継続勤務し出勤率が8割以上であれば、フルタイムの正社員だけでなく、パートタイマー等の正社員以外の労働者にも、週の勤務日数等に応じた日数が法律上当然に発生し、以降は1年経過するごとに日数が増えていく。
  • 労働者が年休の取得を請求(時季指定)すれば、使用者は、年休の取得を妨げてはならず、労働者が希望する時季に取得できるよう配慮する義務がある。
  • 使用者には取得日を変更する権利(時季変更権)はあるが、「事業の正常な運営を妨げる場合」という条件があり、必ずしもオールマイティーな権利ではない。

今回の改正法の施行前から、年休制度に関する労働者の方からのお尋ねが増えており、年休への関心が高まっていると感じています。

使用者の皆様には、改正法を契機として、改正法が求める年5日の時季指定等に限らず、年休制度の趣旨に沿った対応がこれまで以上に求められることになるのではないでしょうか。第1回目では、年休制度の概要や年休関係の改正法の内容についてご紹介します。

2.「労働時間の上限規制等」

改正法の目的

労働時間の上限規制に関する今回の改正労働基準法は、長時間労働の是正を主眼としています。背景には「過労自殺」が注目された電通事件に端的に表れているように、長時間労働による健康被害の問題がありました。働き方改革関連法の一つである改正安全衛生法(図表1の②)が労働時間の把握を義務化し、労働者の健康管理のための措置を強化したことにも同様の問題意識があります。労働時間の問題は、少子化、女性のキャリア形成、労働生産性の向上など多様な問題との関わりで取り上げられますが、働く人の健康の確保という視点は忘れてはならないものです。

改正法のポイント

今回の改正労働基準法は1週40時間、1日8時間という法定労働時間やこれを超える場合の時間外・休日労働届(いわゆる36協定届)等の原則を前提としたうえで、次の点を法律に明記し、これを罰則により担保したことが主なポイントです。

  • 時間外労働についての限度時間は、月45時間、年間360時間(1年単位の変形労働時間制については月42時間、年間320時間)とすること。これまでは、大臣告示が「限度基準」として示していたものですが、罰則による強制力はありませんでした。
  • 特別条項がある場合でも、時間外労働720時間以内、時間外労働と休日労働の合計が単月100時間未満、2月から6月の平均で80時間以内を上限とすること。これまでは、特別条項による場合の上限は定められていませんでした。
  • 特別条項がない場合でも、年間を通じて常に、単月100時間未満、2月から6月の平均で80時間以内とすること。

求められる対応

こうした規制に対応するには、これまで以上にきめ細かな時間外・休日労働の管理が必要になります。特に、「時間外労働と休日労働の合計が常に単月で100時間未満、2月から6月平均で80時間以内」の範囲内に時間外労働等を抑えるには、細心の注意が必要です。

また、使用者には労働契約法に基づく安全配慮義務があることが改正法公布後に示された「指針」で明らかにされました(正式名称は、「労働基準法第36条第1項の協定で定める労働時間の延長及び休日の労働について留意すべき事項等に関する指針」(厚生労働大臣告示、平成30年9月7日))。改正労働安全衛生法が求める労働時間の適正な把握を怠った場合に、使用者の安全配慮義務違反という司法判断に影響する可能性があることと併せて留意する必要があります。

労働時間の上限規制の中小企業への適用は2020年4月からですが、労働時間管理のあり方の確認や見直しが必要な場合、残された時間は十分とはいえません。また、今回の改正法は、法規制への対応という観点だけでなく、人材確保や定着率向上といった経営上の課題との関係で労働時間を考える機会でもあるのではないでしょうか。労働時間短縮に取り組む企業には、「時間外労働改善助成金」などの支援策もあります。第2回では、労働時間の上限規制等に関する法改正のポイントなどについてご紹介します。

3.「同一労働同一賃金」

改正法の目的

正社員と、正社員ではない短時間勤務の方や有期契約の方(いわゆる非正規労働者)とでは、基本給、諸手当、福利厚生など、様々な点で待遇が違うことが一般的ではないでしょうか。同一労働同一賃金に関するパート有期法は、正社員と非正規労働者との間の待遇差のうち、不合理と認められるものを是正し、待遇の均等・均衡を図ることを目的としています。

改正法のポイント

パート有期法の主なポイントを挙げれば次のようになります。

  • 非正規労働者について、正社員との間の「不合理な待遇の相違」を禁止したこと。
  • 「待遇の相違」は、労働条件全体としてではなく、基本給、賞与、退職金、諸手当等の個別の労働条件ごとに判断されるとしたこと。
  • 労働者から求められたときには、使用者は「待遇の相違」の内容や理由について説明する責任があるとしたこと。

求められる対応

正社員以外の方から、例えば、「何年も働いて、経験も積んでいるのに、昇給しないのはなぜですか」と聞かれたら、あるいは「住宅手当がないのはなぜですか。正社員も私も転勤がないのは同じなのに」と聞かれたら、どう対応されますか。

パート有期法は、こうした場合、待遇の相違の理由などについて説明することを使用者に義務づけました。説明ができないとすれば、待遇の相違は「不合理なもの」と受けとめられ、極端な場合には訴訟につながる恐れがあるということです。

最近の判例をみると、正規・非正規間の待遇の相違に関して、2018年7月の改正法公布に先立つ同年6月、最高裁から大変に重要な判決(ハマキョウレックス事件、最高裁第2小法廷平成30年6月1日判決)が出されました※1。この判決では、運送会社の有期契約のドライバーについて、皆勤手当、無事故手当、作業手当、通勤手当、給食手当が支給されていないことが「不合理な待遇の相違」に当たるとされたのです。また、この判決に前後して、さまざまな種類の待遇の相違について、「不合理」と判断する下級審の判決が相次いでいます※2。

最高裁の判決は、パート有期法の施行を見越して厚生労働省が平成28年末に公表した「同一労働同一賃金ガイドライン(案)」を踏まえているといわれます。「ガイドライン(案)」は、パート有期法の成立後、基本的には同じ内容で、「同一労働同一賃金ガイドライン」※3として公表されました。個々の労働条件ごとに、どのような場合が「不合理な待遇の相違」に当たるのかなどを具体的に示しており、実務上、非常に重要なものです。

パート有期法と「ガイドライン」に基づいた検討、具体的には、基本給、賞与、諸手当、退職金、福利厚生等の個々の労働条件ごとに、正規・非正規間に待遇の相違があるかどうか、待遇の相違がある場合にはその相違が不合理なものかどうか、不合理なものである場合にはどのように解消するか、などの検討が求められているということができます。

中小企業にとって改正法の適用は2021年4月であるとしても、上のような検討と見直しが必要であとすれば、時間が十分にあるとはいえないでしょう。第3回では、パート有期法のポイントや「ガイドライン」についてご紹介します。

(注)

  1. ハマキョウレックス事件判決と同日、定年退職後に有期契約で再雇用されたドライバーが、賃金総額の減額や住宅手当等の諸手当がないことを不合理として訴えた事件についての最高裁判決も示されました(長澤運輸事件、最高裁判所第二小法廷平成30年6月1日判決)。この事件では、定年退職後の再雇用であること、老齢厚生年金の支給開始までの間の調整給を設けていることなどの事情が考慮され、精勤手当がないことと、それに関連する時間外手当の計算方法についてのみ不合理とし、その他の待遇の相違については不合理とは認められないとされました。
  2. 不合理とされた「待遇の相違」別にみると次の通りです。
    ・退職金、住宅手当等 メトロコマース事件(東京高裁平成31年2月20日判決)
    ・有給の病気休職、夏期冬期休暇、年末年始勤務手当等 日本郵便事件(福岡高裁平成30年5月24日判決)、 日本郵便事件(東京高裁平成30年12月13日判決)、日本郵便事件(大阪高裁平成31年1月24日判決)
    ・基本給 学校法人産業医科大学事件(福岡高裁平成30年11月29日判決)
    ・賞与等 大阪医科薬科大学事件(大阪高裁平成31年2月15日判決)
    ・家族手当、住宅手当、精勤手当等 井関松山製造所・井関松山ファクトリー事件(高松高裁平成31年7月8日判決)
  3. 正式名称は、「短時間・有期契約労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇等の禁止に関する指針」(厚生労働省告示第430 号、平成30年12月28日)。
    「ガイドライン」は、国会審議に基づいて追加された部分がありますが、基本的な考え方では「ガイドライン(案)」からの変更はなく、同一の内容ということができます。

解説者

事務所:のむら社会保険労務士事務所
資格:特定社会保険労務士
氏名:野村孝太郎