法律コラム

フリーランス保護新法(第1回)ー書面等による取引条件の明示ー

2024年 8月 7日

当コラムでは、施行予定のフリーランス新法において必要となる「書面等による取引条件の明示」について解説を行っています。フリーランス新法施行によって、発注事業者には新たな義務が課せられるようになります。業務委託先となるフリーランスとのトラブル発生防止のためにも、しっかりと内容を把握しなければなりません。

1.フリーランス新法とは

新法が施行されることで課される具体的な義務を説明する前に、フリーランス新法成立の概要や背景、下請法との違いなどについて解説を行います。

(1)概要

フリーランス新法は通称であり、正式名称は「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」です。また、フリーランス新法の施行は、令和6年11月が予定されています。11月以降フリーランスに対して業務委託する事業者には、以下のような義務が課されるため、注意してください。

  • 書面等による取引条件の明示(第1回)
  • 報酬支払期日の設定・期日内の支払(第2回)
  • 募集情報の的確表示(第3回)
  • ハラスメント対策など就業環境の整備(第4回)

当コラムでは、その第1回目として「書面等による取引条件の明示」について解説を行います。他の事項については、次回以降のコラムで解説します。また、新法によってフリーランス側の責任によることのない受領拒否や、報酬減額なども禁止されるため、こちらも次回以降、内容について解説を行います。

(2)成立の背景

政府が進める働き方改革や、価値観の多様化などを背景として、企業に雇用されることのない働き方を選択する方も増えました。令和4年の調査によると、フリーランスの人口は約209万人となっています。

フリーランス人口の内訳としては、男性が約146万人、女性が約63万人となっています。全有業者に占める割合は、3.1%となっており、働き方の多様化などを受けて、この数字は今後も上昇することが予想されます。

フリーランスは、雇用されて働く労働者と異なり、原則として労働基準法による保護を受けません。そのため、どうしても力関係において優位に立つ発注事業主に有利となる契約を締結せざるを得ない場合が多くなります。不当に安価な報酬で酷使されているフリーランスもいることでしょう。

現状ではフリーランスと事業主間で適正な取引ができているとは言えない状況です。また、発注事業主からハラスメントを受ける場合があるなど、フリーランスにはその就業環境の整備も求められています。そのため、取引の適正化と就業環境の整備を図る必要があり、フリーランス新法の成立に至ったわけです。

参考:統計 Today No.197|総務省統計局

(3)下請法との違い

フリーランス新法以外にも、取引適正化のための法律として「下請代金支払遅延等防止法(以下、下請法)」が存在します。下請法は、発注元となる親事業者が下請事業者に対して、発注した製品やサービスなどに関して下請事業者に不利益を与える行為を禁止する法律です。具体的には、正当な理由のない代金の支払遅延や代金の減額、返品といった行為が禁止されています。

取引を適正・公正なものとするという目的において、下請法とフリーランス新法は共通した法律です。しかし、下請法には発注元となる親事業者や下請事業者について資本金要件が課されています。そのため、親事業者の資本金が1,000万円以下の場合には、下請法の対象とはなりません。フリーランスに業務委託する事業者は、資本金1,000万円以下の場合も多く、下請法だけで十分な保護が図れてはいませんでした。

一方のフリーランス新法では、下請法と異なり、資本金要件が設けられていません。資本金要件を排することによって、より広範な保護が可能となっています。

2.対象

法律名にある特定受託事業者とは、どのような事業者なのでしょうか。特定業務受託事業者と併せて解説します。

(1)特定受託事業者

「特定受託事業者」とは、業務委託の相手方となる事業者であって、従業員を使用しない事業者です。業務委託を受ける立場であるフリーランスが該当し、新法による保護対象となっています。個人事業主はもちろんのこと、従業員を使用しない法人の代表者も特定受託事業者に含まれます。個人事業主だけではなく、一人社長も保護対象となるため取引の際には、注意が必要です。

(2)特定業務委託事業者

新法において「業務委託」とは、事業者がその事業のために他の事業者に物品の製造、情報成果物の作成又は役務の提供を委託することを指す言葉です。フリーランス(特定受託事業者)に対して、業務委託する事業者であって、従業員を使用するものを「特定業務委託事業者(以下、委託事業者)」と呼びます。フリーランス新法は、特定業務委託事業者とフリーランスの関係を規律する法律です。

(3)対象となる取引

フリーランスが受託した業務であっても、全てが新法の対象となるわけではありません。あくまでも事業者間(BtoB)の取引が対象となります。たとえば、フリーランスのカメラマンが従業員を使用する企業から宣伝写真の撮影を委託されたような場合が対象となります。そのため、一般消費者から家族写真の撮影を委託された場合や、カメラマンが自作した写真集を不特定多数に対して、ネット等で販売するような場合は対象外となります。また、カメラマンが企業と雇用契約を結んで業務を行うような場合も、労働法が適用されるため、新法の対象とはなりません。

3.書面等による取引条件の明示

フリーランス新法の施行によって、委託事業者がフリーランスに業務委託する際には、書面等で契約内容や、取引条件を明示することが必要となります。具体的な内容について見ていきましょう。

(1)書面等による明示が必要な理由

契約は、公正証書によることが必要な任意後見契約など一部の例外を除いて、書面での締結を要しません。「所有する土地を売る」という売主の意思表示に対して、「その土地を買う」という買主の意思表示があれば、口頭であっても売買契約は成立します。

口頭でも契約が成立することは、委託事業者とフリーランスの業務委託契約であっても変わりはありません。実際に、口頭で業務委託を行う委託事業者も存在します。しかし、口頭での契約では、後のトラブルに発展することも多くなっています。

取引に際して、契約内容や条件を書面等によって残していない場合には、委託事業者から「そのようなことを言った覚えがない」と契約を反故にされる恐れがあります。また、書面等による証拠がないことを利用して、当初の契約よりも報酬額を引き下げるといったフリーランスにとって不利となる事態も考えられるでしょう。こういった事態を避けるためにも、書面等によって契約内容や条件を明示することが必要となっています。

下請法にも書面の交付義務は存在しますが、全ての事業者が法の対象となっているわけではありません。また、労働者を雇用する場合には、契約期間や賃金などをはじめとする絶対的明示事項を書面等で明示しなければなりません。労使間のトラブルを防止するために必要とされる規定であり、2024年4月より、明示事項の拡大もされています。しかし、雇用されるわけではないフリーランスに対しては、書面等による明示は求められていませんでした。フリーランスは、下請法で保護されない場合があるだけでなく、労働者に比べても保護が薄いため、書面等による明示を義務付けることで保護を図る必要があったわけです。

(2)必要となる明示事項

業務委託に際して、書面等による明示が必要な事項は、以下の通りです。

  • 給付の内容(行うべき業務の内容)
  • 報酬の額
  • 支払い期日
  • その他の事項

上記の事項は、業務委託に際して「直ちに」明示することが必要です。ただし、上記事項について、その内容が定められないことに正当な理由がある場合には、内容決定後に明示することも可能です。放送番組の委託制作において、タイトルやコンセプトについては決まっているが具体的内容については決定できず、報酬額が定まっていない場合などが正当な理由の例として挙げられるでしょう。なお、「その他の事項」とは受託者や委託者の名称、業務委託日、給付の提供場所、給付期日などが想定されています。

(3)明示方法

明示の方法は書面だけでなく、電磁的方法によることも可能です。電磁的方法は、電子メールやSNSの利用などが挙げられます。書面だけでなく、電磁的方法による明示も可能とすることで、委託事業者とフリーランス双方の利便性向上を図っています。なお、委託事業者が取引条件等を電磁的方法により明示した場合、フリーランスから書面の交付を求められたときは、遅滞なく書面を交付しなければなりません。

4.書面による明示と契約締結を

新法では、書面等による明示が求められているだけであり、書面による契約締結が求められているわけではありません。しかし、後のトラブルを防止する意味でも書面による契約締結が推奨されます。現在口頭で業務委託を行っている企業は、新法施行に合わせて契約書を作成しましょう。

監修

涌井社会保険労務士事務所代表 社会保険労務士 涌井好文