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「人は変われる」を信じて更生保護に取り組む「株式会社信濃路」

2026年 2月 16日

新たな人生を歩んでいく人たちを応援する信濃路の西平都紀子氏
新たな人生を歩んでいく人たちを応援する信濃路の西平都紀子氏

犯罪や非行から立ち直ろうとする人たちに働く場所を提供する-。信州そば・うどん店などを展開する株式会社信濃路(和歌山県和歌山市)は、元受刑者らを雇用し、更生保護に取り組む企業として知られる。その中心にいるのが代表取締役会長の西平都紀子氏。自身も10代の頃に非行に走り、その後、家業の再建に挑んだ。「人は変われる」という信念のもと、新たな人生を歩んでいく人たちを応援する。

長野好きの父親が信州そば店を開業

信州そば・うどん店など28店舗を展開。左から四ヶ郷店、鳴神店、キーノ和歌山市駅店
信州そば・うどん店など28店舗を展開。左から四ヶ郷店、鳴神店、キーノ和歌山市駅店

遠く京都、奈良から和歌山市へ至る国道24号線沿いに建つ信濃路の本社。その2階会議室には、数多くの賞状や感謝状と並んで、長野県内の自然を描いた風景画が飾られている。「父(猛氏)は長野の景色が好きで、旅先で撮影した写真をもとに絵を描いていた。店名(信濃路)も父の想いの表れ」。西平氏は亡き父親が遺した絵を見つめながら話した。

もともとは車のディーラーだった猛氏が信州そば粉を使ってそば店を和歌山市内に開業したのは1975年。2年後には初のロードサイド大型店を国道24号線沿いに開店し、手打ちうどんを導入した。その後も和歌山県内に店舗を増やしていき、1984年に5店目となる鳴神店(和歌山市)がオープンした。その3年後、猛氏は西平氏のもとへ「鳴神店の人手が足りないから手伝ってくれ」と連絡。これを機に西平氏は信濃路での仕事をスタートさせた。

非行の過去から家業再建への覚悟

暴走族時代の西平氏(左)。その後、モデルの仕事に
暴走族時代の西平氏(左)。その後、モデルの仕事に

それ以前の西平氏は父親とは不仲で、10代の頃に家出を繰り返し、高校も3カ月で中退。暴走族の主要メンバーとして活動し、警察に補導されたことも。その後、和歌山を離れて大阪でモデルの仕事を続けていた。父からの求めに「これまで迷惑をかけたから」と、数週間程度の手伝いのつもりで和歌山に戻ったが、売り上げが半減していたという店の様子を目の当たりにして愕然とした。「うどんもそばも一目見ただけでまずそうで、働く従業員もやる気がなかった」。そして「私がなんとかしないと」と奮起。当時24歳だった西平氏は華やかなモデルの仕事を辞めて、割烹着に長靴といういで立ちで毎日朝から晩まで必死に働いた。

「お客さんの顔と名前と好みのメニューを覚えて、その人が入店したら注文を聞く前に料理を作り始めた。これなら長く待たせることもない」と西平氏。さらに持ち前のコミュニケーション力で客足は戻り、いつしか繁盛店へ変貌。従業員の協力もあって2年後には店の売り上げを元に戻し、さらに1年後には倍増させた。

突然の事業承継、そして経営者へと成長

創業者の父、西平猛氏は59歳で他界
創業者の父、西平猛氏は59歳で他界

1991年に法人化し、店舗数も順調に伸びていったが、やがて試練が訪れた。1994年末、猛氏が末期のがんにかかっていたことが判明したのだ。「長くて余命3カ月」と医師から言われていたが、翌年1月に59歳の若さで他界した。西平氏は2代目社長に就任したが、父から引き継ぎはないまま。「店長と経営者とでは違うもの。決算書も読めない自分にできるだろうか」と不安に襲われたが、「自分が成長しないと社員の成長もない」と気持ちを奮い立たせ、経営を学ぶため和歌山青年会議所(JC)、そして大阪外食産業協会(ORA)に相次いで入会した。

このうち和歌山JCでは当時約200人の会員の中で女性は3人だけ。“男社会”の中で、さらに高校中退、非行歴という過去もあって「悔しい思い、不愉快なことがいろいろとあった」(西平氏)が、支えてくれる経営者もいた。その一人がORAで知り合ったお好み焼き店「千房」(大阪市)の創業者、中井政嗣氏だった。周囲の支えと自身の努力で経営者として成長を遂げ、のちに和歌山JCの理事長に就任するまでになった。

中小企業の経営指針作りを支援する豊友経営研究会にも入会し、作成に取り掛かった。「経営に対していろいろな想いがあったが、言葉にうまく表せないでいた」という西平氏が数年にわたって考え抜き、ようやく完成させたのが「和敬喜心(わけいきしん)」。「和を大切にし、人を敬い、人の喜びを自分の喜びと思う。その想いを常に心に」という意味だ。「わび茶」の精神を表す千利休の言葉「和敬清寂(わけいせいじゃく)」の前半部分を参考にしたもので、同社の経営指針であり、社員の行動指針でもある。

千房・中井氏との出会いを機に出所者を雇用

西平氏(奥から2人目)は2013年の職親プロジェクト調印式に参加
西平氏(奥から2人目)は2013年の職親プロジェクト調印式に参加

元受刑者らの社会復帰を支援する更生保護に取り組むようになったのは2007年頃。きっかけは中井氏との出会いだった。のちに、企業が出所者らの“職の親”になって雇用する「職親(しょくしん)プロジェクト」を日本財団などともに立ち上げることになる中井氏はかねてより更生保護に積極的で、西平氏も共感。信濃路本社近くにある和歌山刑務所と話し合い、仮出所して保護観察となった女性をパートとして雇用したのが始まりだった。

「私も若い頃、暴走族に入って周りの人たちに迷惑をかけた。刑務所や少年院に入った人たちにもやり直すチャンスはあるはず」と西平氏。その後、2013年に職親プロジェクトがスタートすると、千房とともに創設メンバーに名を連ねた信濃路では正社員としての採用を始めた。

更生保護に対して当初は社内の一部に不安の声もあった。これに対して西平氏は「罪を償って新しい人生を送ろうとする人たちのお手伝いができる。これこそ『和敬喜心』ではないか」と訴えた。社員も納得し、元受刑者らを迎え入れた。苦労して作り上げた経営指針が社員の間にも浸透していたといえる。

「心が折れそうに」…内閣府からの受賞で決意新たに

総理官邸で行われた表彰式で西平氏(前列右)は菅義偉官房長官、森まさこ内閣府特命担当大臣(いずれも当時)らと記念撮影
総理官邸で行われた表彰式で西平氏(前列右)は菅義偉官房長官、森まさこ内閣府特命担当大臣(いずれも当時)らと記念撮影

苦労も多かった。これまで延べ30人(パートを含む)ほどを雇用したが、仕事が長続きせず、なかにはわずか1日で行方をくらまし、その後、警察に捕まっていたことが分かった、というケースも。「最初の頃は心が折れそうになった」と振り返るが、一方で、こんなことも。当時の勤務先で横領事件を起こして服役した50代の女性を雇用した。かつての職場関係者に自分の居場所が知られるのでは、と怯えながら過ごしていたが、やがて信濃路で受け取った給料の一部を横領金の返済に充てるようになったという。「いろいろな人たちがいるが、そのうちの1人でも変わってくれればいい」と西平氏は話す。

更生保護の取り組みは高く評価され、2014年には内閣府の女性チャレンジ賞を受賞。その受賞記念祝賀会が翌年1月に和歌山市内で開かれ、会場に集まった政財界の関係者ら約400人を前に、西平氏は「人は変わることができる。過去は変えられないが、未来は変えられる。今後も新たな目標に向かって歩む方たちを応援していく」と述べ、決意を新たにした。こうしたことをきっかけに職親プロジェクトや法務省の協力雇用主(元受刑者らの雇用に協力する事業主)を知った経営者も多く、「25社ほどが更生保護に取り組むようになった」(西平氏)という。

講演なども行っており、経営者に対しては更生保護への理解と協力を求めている。元受刑者らにも話してもらうことがあり、そこでは、恵まれない家庭環境など犯罪に至るまでの背景や経緯が赤裸々に語られている。出席した経営者の中には涙ぐみながら「こういう人たちのために(協力雇用主など)自分にもできることがあるんだ」と話す人もいたという。また、出所者らの立ち直りを支援する保護司に向けては、よりいっそう寄り添う姿勢を呼び掛けている。

「和敬喜心」を胸に可能性を照らし続ける

西平氏は会長就任後も活発に活動を続ける
西平氏は会長就任後も活発に活動を続ける

急逝した父の跡を継いでから31年。現在、信州そば・うどんの信濃路をはじめ28店舗を運営。海外はベトナムとタイに4店舗あるが、国内は和歌山県内が中心だ。こうした地域に根差した店舗展開は、地元・和歌山を活性化したいという想いの表れだ。これまで、2004年に始まった和歌山のよさこいイベント「おどるんや~紀州よさこい祭り~」の立ち上げに尽力したほか、和歌山にJリーグチームを創設しようという活動を長年にわたって続けるなど“地元愛”を前面に出している。

2015年には紀伊半島南端近くの「道の駅すさみ」(和歌山県すさみ町)の運営管理を開始。そのそばに2023年、宿泊施設「TUZUMI WAKAYAMA SUSAMI」をオープンした。「和歌山は関西空港が近い。インバウンドで関空に到着した訪日外国人が京都や大阪だけでなく、紀南(和歌山県南部)の方まで足を運んで、美しい自然の中で温泉やおいしい食べ物といった和歌山の魅力を堪能してほしい」と西平氏はアピールする。

2023年、社長職を冷水(しみず)康浩氏に託し、会長に就任した。その後も西平氏の行動力は変わらない。和を大切にし、人を敬い、人の喜びを自分の喜びとする-。「和敬喜心」を胸に西平氏は、これからも人と地域の可能性を照らし続けていく。

企業データ

企業名
株式会社信濃路
Webサイト
設立
(創業)1975年5月
資本金
1000万円
従業員数
408人(2025年12月末時点)
代表者
(会長)西平都紀子 氏 (社長)冷水康浩 氏
所在地
和歌山県和歌山市松島105-3
Tel
073-471-1088
事業内容
信州そば・うどんを主とした和食専門店