2022年4月から中小事業主にもパワハラ防止措置が義務化されます。(第3回)~ハラスメントトラブルに一人で抱え込まれたケース、弁護士と向き合ってみたケース~

2021年12月15日

解説者

弁護士 富永高朗

一人で抱え込まれたケース

…経営者の独り言風に…

採用ができてない中、幹部候補と思って厳しく育ててきたBに、あえて厳しく伝えたら、後になって、「パワハラだから、改善してください」などと生意気なことを言ってきた。そんなわがままな態度に構ってられないからほおっておいたら、「うつ病になった。」だって? それも、残業時間が長時間にわたったからって、精神障害の労災認定がおりるかもしれないし、残業代も払ってください等と言ってきた。募集しても人が採用できないんだから、しょうがないだろう。一体、誰に相談すりゃあいいんだよ...。 

解説

1.社長のメッセージを明確にしましょう

上記ケースは、架空のケースです。しかし、経営者の方々から、退職者が出た、社員の成長が思うようにいかない、社員間の人間関係トラブルが生じた、採用がうまくいかないなどなど、雇用関係へのお悩みを頻繁にうかがいます。

雇用に関する悩みは、原因が共通することも少なくありません。人口減少社会の進展や、転職チャンネルの増加、連日のように広告活動が盛んにおこなわれている現状では、風通しの良い職場環境の構築は、喫緊の課題であることと存じます。

良い職場環境を創りたいという真剣なメッセージは繰り返し、また行動を伴うことで伝わりやすくなります。2022年4月から、中小企業にもパワーハラスメント防止措置義務が適用されてまいりますが、就業規則など社内のルールを整えていくことも、そのメッセージの一つになります。

具体的な防止措置の内容については、下記などがあげられます。
①方針等の明確化及びその周知・啓発
②相談窓口の設定・周知など相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
③事実関係の調査など事後の迅速かつ適切な対応
④相談者のプライバシー保護や相談をしたこと等による不利益取扱いしないことの周知・啓発など

なお、厚生労働省発表の告示はこちらです。

各社の経営理念同様、外部環境を意識しつつ、方針を具体化し、伝え続けることは、事業をより安全安心に継続する上で大切な点です。

2.問題・障害は、小さなうちが、対応・改善のチャンス。

顧客対応上のトラブル、製造上のトラブル、与信管理のトラブルなどでも、初動(原因・対策検討の上での組織内共有)が肝心です。ハインリッヒの法則では、1つの重い労災事故の裏に29の軽微な事故と300のヒヤリハットとする場面(異常)があると言われます。ヒヤリ・ハットの場面で適切な対応をとることが重大な事故を避けるためのポイントとなってまいります。

雇用やハラスメントに関する分野も、同様に、問題等が小さなうちの初動が肝心です。

放っておいてしまうと、例えば、①相談者の不安・不満・不信が高まり、健康状態の悪化、休職や退職などにつながり得る、②それらが職場の同僚にも伝わるなどにより、社員の意欲の低下などによる職場環境の悪化や職場全体の生産性の低下につながる、③さらには、採用にも影響を与える、状況によっては、トラブルが悪化し、防止措置義務違反に関して勧告をされても従わなかった場合には行政から公表がされうるほか、SNSなどで拡散されるなど、レピュテーションリスクも存在します。

また、社員とのトラブルが高まることにより、残業代請求を招く場合もあります。2020年4月の民法改正に伴い、残業代請求権の消滅時効が当面の間、3年に伸長されたこと(なお、今後5年に伸長される可能性もございます)から、残業代リスクも、法改正から2年を超える2022年4月以降、具体的に高まって参ります。

さらに、例えば、労災認定上も、認定リスクが高まってまいります。ハラスメントについて労働者が会社に相談をしても適切な対応がなく改善されなかった場合に関し、労災認定基準も、2020年5月に精神障害について、2021年9月に脳・心臓疾患についてそれぞれ改訂され、認定リスクが高まっている状況です。労災給付は、労働者の損害全てを補填するものではなく、慰謝料については一切支給されません(会社への請求がなされうるところです。)。後日、防止措置義務を怠っていたと評価される事態に至れば、会社に、場合によっては経営者個人に対しても、損害賠償請求がなされるという事態も考えられるかと存じます。

他方、逆に前述の体制整備へと具体的に行動を起こすことは、前述の諸状況を予防する意義や価値があります。社員に、より安全安心に働いてもらいたいというメッセージも伝わりやすくなってまいります。解決に向けての共通認識・コミュニケーションが高まり、人材としての成長、経営者と社員間、社員同士の信頼感の増大などにより、人材・組織活性化につながりえます。ケースによっては、そのような諸対策の状況を、労働基準監督署や、各事業体への安全指導を行う各種協会、金融機関などに説明することで、各社に対する信頼感の更なる向上を企図することにつなげることもあります。

雇用は事業継続の要であるからこそ、より良い労働環境の構築を具体的に企図し、行動を始めることが大切です。

3.他の経営者も同じように雇用問題で、悩んでいます。

2016年に、日弁連が実施した、中小企業の弁護士ニーズ調査によれば、経営者の困りごとの1番目が雇用問題でした。約37%の中小企業が困りごとに挙げています。

厚生労働省の「令和元年度個別労働紛争解決制度の施行状況」によれば、都道府県労働局などでの総合労働相談では「いじめ・嫌がらせ」に関する民事上の個別労働紛争の相談件数が8年連続トップであり、かつ、2007年の約2万8000件から2019年8万7570件へと3倍以上に増加しています。

また、全国における精神障害の労災認定件数は、2008年度、請求927件・労災認定269件から、2019年度、請求2060件・労災認定509件へと、2倍近くに増えている状況です。

さらに、裁判所における労働紛争も増加しています。法曹時報の統計では、労働関係民事通常訴訟の新受件数(地裁)が、2011年の3170件から、2020年では3960件と約25%増加とのことです。

しかし、雇用問題について弁護士に相談されているケースはまだまだ多くはありません。

前述の中小企業ニーズ調査でも、雇用問題について弁護士に相談した割合は約25%にとどまります。分野に関わらず、相談しなかった理由の1番目・5割強が「弁護士に相談する問題と思わなかったから」と答えています。弁護士白書2020年版によれば、ほっとダイヤル利用の相談内容において、雇用・労務問題は、「その他」を除いて、6番目です。

相談する問題と思わなかったとの回答の具体的趣旨についてですが、私自身の感覚としては、相談する「ことができる分野の」問題と思わなかったという場合のほか、相談する「ほどの」問題と思わなかった、というケースも少なくないのではないかという印象です。

しかし、前述の通り、メッセージを具体的・明確に社内に伝えていくことの必要性は高まっています。また、防止措置の内容を中小企業各社のみにて対応していくことは簡単ではない場合も少なくありません。さらに、問題・障害が小さなうちに対応、改善していくことが、組織にとって効果的であり、また、負担感も比較的小さくすみやすいものです。

弁護士はコミュニケーションの専門家として、雇用問題に、経営者の皆様と一緒に向き合っています。

経営者の皆様が、事業と雇用を守り、資金繰りや経営責任や保証責任なども意識しながら、既存取引先とのより良い関係を構築しつつ、永続化を目指していることに敬意を表しています。そうしたご苦労やご心情に寄り添いつつ、社員の声なき声に思いを致しながら、中小企業各社の現状が、(今後求められる将来の)社会のルールと距離がある場合などには、潜在的なリスクを見える化し、優先度の高い諸状況からの改善を図っているケースも少なくありません。それは、ある意味、人間の身体でいうところの、生活習慣病のリスクがある生活習慣の改善を企図していくこととも似ているのではないかと思います(Covid-19の症状悪化につながることが判明してから、生活習慣改善を企図されている方も少なくないと思います。各社組織内でも、そのような外部環境を、振り返りの機会として諸状況の見直しをされているのではないでしょうか。)。

実際に相談されている方の満足度は、高いものです。前述の中小企業ニーズ調査では、雇用問題を弁護士に相談した場合に満足度は、大いに満足した、または、まあ満足したの合計が約85.7%に上ります。

弁護士と向き合ってみた別のケース

経営者「先生、おかげさまで、就業規則の規定も改訂が進みました。パワーハラスメントの被害者だと主張していたXも、笑顔を取り戻しましたし、加害者といわれていたAも内省を深め、心を入れ替えて働いています。
初めは、困りごとでも、原因や経過を分析していくと、うちの会社の伸びしろが色々と見えてきました。チャンスはピンチの顔をしてやってくる、とは良く言ったものですね。今日もお客様へのお役立ち製品作りを、会社一体となって取り組みます。」

まとめ

ポイント
 1.社長のメッセージを明確にしましょう
 2.問題・障害は、小さなうちが、対応・改善のチャンス。
 3.他の経営者も同じように雇用問題で、悩んでいます。弁護士はコミュニケーションの専門家として、雇用問題に、経営者の皆様と一緒に向き合っています。

上記の通り、弁護士はハラスメントに関する相談をお受けしています。もしも相談する弁護士がおられない中小企業経営者の相談へとつなげる窓口として、日弁連には、ひまわりほっとダイヤルが設置されております。

ひまわりほっとダイヤルのお申込や、ひまわり中小企業センターの詳細についてはこちらからご確認いただけます。

解説者

富永バトン経営法律事務所 弁護士 富永高朗