事例で見る課題解決の勘所

一点突破で、顧客満足度を高める

成功のポイント

  • 大企業とは違う土俵を見つけ出す
  • ドミナントで徹底的に深掘りする
  • “小さな”ナンバーワンになる

中小企業が、資本力や知名度がある大手と真正面から戦っても、勝ち目はまずない。人手も資金も限られた経営資源を、大手ではできない分野に振り向けることで差異化していく必要がある。

そのためには、あえて規模を追わず、自分たちの強みを顧客や商圏などを限った範囲で深掘りする。これによって、顧客の満足度を高められ、大手との価格競争を避けることができる。結果として、売り上げや利益が伸びていく。

顧客と商圏を絞って、手厚いサービスを実現

「留守中の水やり頼みたい!
家に一晩泊まってもらえないかな
ちょっと買い物してもらえないかな?
少しタンスを動かしたい
お店に行きたいけど…

ヤマグチはとんで行きます!
いろいろお手伝いさせていただきます」

名刺の裏にこんな文言を載せているのが、株式会社ヤマグチ(東京都町田市)が運営するパナソニック系列の電器店「でんかのヤマグチ」だ。一見すると、家電販売店の業務とは思えないものばかりだが、同社の営業担当者が“裏サービス”として実際におこなっていることの例である。

安売りをアピールする大手量販店6店舗に囲まれているにもかかわらず、ヤマグチは適正価格での販売を続けている。粗利も、業界が25%ほどといわれる中で、ヤマグチはこの数年40%を超えている。それは、独自のビジネスモデルによる徹底した市場開拓の結果だ。

もともと、最初からヤマグチは現在の販売スタイルだったわけではない。ヤマグチが町田市に店舗を構えたのは54年前の1965年。創業当時は、いわゆる「街の家電店」として営業をしていた。

その風向きが変わったのは、1995年頃のこと。量販店が相次いで進出、その影響でじわじわと売り上げが落ち始めた。社長の山口勉氏は「価格競争をしても量販店にはかなわないと悩んだ。そこで、量販店の土俵で戦っても仕方ない、我々の土俵で戦おうと決めた」と話す。

山口社長の山口勉氏
「昔は味噌やしょう油が切れると、近所の家にもらいに行ったものです。ヤマグチはそんな日本的な信頼関係を築けばいい。今の時代なら、娘や息子の代わりにもなろうと考えた」と山口社長の山口勉氏(写真:菊池一郎)

我々の土俵とはどこか。商圏と顧客を見直した。以前は商圏を区切らずに対応していたが、町田市と旧相模原市に限った。そのうえで、直近5年間で家電購入履歴のない顧客は顧客リストから外した。それまでは、「一度でも買ってくれた人や過去に高額な買い物をしてくれた人に対して、営業担当者は『いつか買ってくれるだろう』と思って定期的に訪問したり、DM(ダイレクトメール)を送付したりしていた。しかし、それはこちらの片思いにすぎない」(山口氏)。

この結果、顧客リストに掲載している顧客は3分の1に減った。山口氏の考えは、こうだ。「残ったお客様に今までの3倍、サービスをするために、定期的に訪問する。それにより、値引き営業をやめて当時は25%だった粗利を35%に引き上げる。そうすれば、もし売り上げが3割減っても粗利はほぼ変わらないので生き残れる」。

この3倍のサービスが先に挙げた、顧客の困り事を手伝うことである。定期的に顧客を訪問し、留守番、植木の水やり、お使い、送り迎えなど、どんな要望にも対応している。名刺にある「一晩泊まる」という依頼も、実際に過去2回あった。

訪問時には家電を点検するほか、テレビとエアコンのリモコンの無料電池交換サービスを実施している。“家族”のような人間関係を顧客と築くと、テレビや冷蔵庫、洗濯機などの高額家電もヤマグチの設定する価格で購入してくれるようになった。顧客にしても値切らずに購入しているという堂々とした気持ちがあるため、遠慮なくお手伝いを依頼できる。

これほど手厚いサービスが可能になった背景として、1人の営業担当者が定期的に訪問する顧客数は以前の500人から350~400人と少なくなり、商圏も狭くしたので移動距離も短くなったという点が挙げられる。結局、8年で粗利35%という目標を達成することができた。

現在も顧客リストは半年ごとに見直し、ルール通りに過去5年間で購入のなかった顧客は外している。しかし外れる人数に対して、新しく顧客リストに載る人数もほぼ同数だという。結果的に顧客リストの顧客数は毎年6,400人ほどで安定している。「顧客数を増やすことではなく、上得意客を増やすことが大事」と、山口氏は考えている。

電器店「でんかのヤマグチ」
お客の来店を促すために、食料品や日用品の特売デーを設けたり、コーヒーを無料で提供したりしている(写真:菊池一郎)

2017年、山口社長は町田市を中心とした近郊のパナソニックショップをグループ化する組織ショップ「ライフテクト」を立ち上げた。現在は、ヤマグチの経営ノウハウを伝授しながらグループ全体で粗利率40%を目指している。

ドミナント戦略で従業員のレベルアップ

半径600m、徒歩10分圏内に絞って出店している飲食店が株式会社シャルパンテ(東京都千代田区)だ。2011年に東京・神田にワインバル「VINOSITY(ヴィノシティ)」をオープン。グラスからあふれ出そうになる「こぼれスパークリングワイン」が話題となり、人気店となった。その後、同じ神田エリアにワインバル「VINOSITY magis(マジス)」、ワインショップ「VINOSITY domi(ドミ)」、そして東京・日本橋の商業施設にワインバル「VINOSITY maxime(マキシム)」と店数を増やしている。

地域を絞って集中的に出店するドミナント戦略を採る理由の1つが、「密度の高い従業員教育を実現するためだ」と社長の藤森真氏は話す。飲食店は、ホールスタッフのホスピタリティーが重要になってくる。ワインバルという業態では、来店客からワインの種類や料理とのマリアージュなど、さまざまな質問や相談が出てくる。迅速に的確に対応できなければ、顧客の満足度は下がってしまう。

シャルパンテ社長の藤森真氏
シャルパンテ社長の藤森真氏は、ホテルのバーや高級レストラン、著名なソムリエが経営するワインバーなどで店長や責任者を歴任、「ワインをもっと安く、もっと気軽に、もっと親しみやすく」という思いで起業した(写真:竹井俊晴)

シャルパンテは、毎週1~2時間、社員研修を実施している。内容は、「衛生・防災」「魚のおろし方」「シャンパーニュ」など、飲食店運営に必要な基礎知識から調理やワインについてまで多岐にわたる。ユニークな点は、同じ内容の社員研修を週2回、実施していることだ。従業員はどちらかの研修に必ず参加することを義務付けている。これも、各店舗の距離が近いからこそできる取り組みといえる。

飲食店では、予想以上のお客が来店したり、ドタキャンで暇になったりと、客数の予測が難しい。また、従業員が急病で欠勤するといった事態も発生する。こうした際の人手のやり繰りも、店舗間の距離が近いほうが対応しやすい。シャルパンテは各店舗に移動用として自転車を置いており、忙しい店舗へ1時間だけ別の店舗から応援に向かうといった対応を実現している。限られた人数で、来店客の満足度を高めると同時に、従業員の負担を軽減しているのである。

ワインバル「VINOSITYマキシム」
東京・日本橋の商業施設にあるワインバル「VINOSITY maxime(マキシム)」。店名の「VINOSITY」は造語で、「ワイン好き、ワイン中毒」といった意味を込めている(写真:竹井俊晴)

ドミナントのメリットは、従業員だけではない。食材やワインの店舗ごとの在庫情報を全店舗で共有しており、必要に応じて融通し合っている。在庫ロスを未然に防げるわけだ。また、各店舗の空席情報も閲覧できるようにしている。満席で入店を断る際も、空いている近くの別店舗を案内することで、機会損失を減らすことができる。

小さなナンバーワンを目指す

有名なマーケティング理論「ランチェスター戦略」に、「弱者の戦略、強者の戦略」という言葉がある。弱者の戦略とは、局地戦・接近戦・一騎打ちを指す。相手の弱い部分を集中して攻めることで勝機を見いだすという考え方だ。具体的には、エリアを限定し(=局地戦)、顧客を絞り込み(=接近戦)、商品を差異化する(=一騎打ち)となる。

目指すは、ナンバーワンだ。「町内で一番売れています」「品ぞろえが市内で最も充実しています」……。こういった宣伝が打てるようになれば、消費者の注目を集めることができる。大企業ができないことは何か、自社の強みをどうやって発揮するかを考え、場合によっては顧客を捨てることを恐れない姿勢が経営者に求められる。

企業データ

企業名
株式会社ヤマグチ
Webサイト
従業員数
37人
代表者
山口 勉
所在地
東京都町田市根岸1-13-5
創業年
1965年

企業データ

企業名
株式会社シャルパンテ
Webサイト
従業員数
91人(パート従業員を含む)
代表者
藤森 真
所在地
東京都千代田区鍛治町1-8-1
創業年
2010年