意外と知らない契約書の基本(2) 契約書を取り交わしていないのに、契約が成立した?

2009年5月21日

解説者

弁護士 石井邦尚

1.契約書を交わしていないのに契約が成立した? 契約書に書かれていない責任を負う?

ビジネスの取引で、契約書は非常に重要です。しかし、民法など日本の法律では、一部の契約を除いて(例えば、保証契約は書面による必要があります。民法446条2項)、契約の成立に書面は必要とされていません。口頭で契約を締結することもできますし、軽い口約束のつもりが契約と認定され、訴訟で負けることもあります。口頭で成立するくらいですから、単なるメモ書きのようなものを交わしただけで契約が成立したとされることもあります。

また、表題が「合意書」「覚書」となっていても、原則として契約書と同様の法的拘束力があります(「契約書」「合意書」「覚書」については、次回の当コラムで解説します)。契約書を交わしていても、契約書に書かれていない口約束が契約の一部と認定されることもあり得ます。また、例えば契約書に書かれている条項の解釈が争いになったような場合には、契約を締結するまでのやり取りやパンフレットなどが参考とされることも少なくありません。

契約書は重要ですが、「契約書がすべて」と勘違いして、「契約書に書かれていなければ大丈夫」などという姿勢でいると、思わぬトラブルに発展する可能性があります。

2.まだ契約を締結していないのに損害賠償

取引の交渉を開始してから、さまざまな曲折を経て、ある程度の時間がかかって契約締結に至るというケースはよくあります。こうした交渉の過程で、両者の条件がおおむね合致して契約締結のための準備に入ったような段階で、どちらかが一方的に契約締結を拒んだような場合、相手に対して損害賠償責任を負うこともあります。

最高裁まで争われた有名なケースでは、マンション購入希望者が交渉の過程で、その部屋で歯科医院を開業するためにいろいろと要求し、売主が設計変更などをしたにもかかわらず、交渉開始6ヵ月後に、購入希望者の一方的な都合で契約が締結されずに終わりました。最高裁は、売主側から購入希望者への損害賠償請求を認めました。

もちろん、交渉開始後に契約締結を断ったからといって、損害賠償責任を負うのは例外的なケースではありますし、損害賠償額も契約締結後のケースとは異なります。しかし、あまりに不誠実な対応をすると、このようなことになりかねないということは知っておくべきでしょう。

3.では、なぜ契約書が必要?

契約書がなくても契約は成立するし、契約成立前でも損害賠償責任を負うことがあるー。それならば、契約書など必要ない、あるいは形だけの簡単なものでよいと思う人もいるかもしれません。

実際に、「発注書」だけで取引が行われていたり、例えば、コンピュータ・システムの開発で、開発するシステム名が書かれているくらいのごく簡単な契約書が交わされるだけで、あとはほとんど口頭のやり取りに終始し、具体的にどのようなシステムを開発するのか書類に残っていないというケースを見かけることもあります。

取引を開始するときは、普通は良好な関係にあります。その段階では、契約書の必要性はあまり感じないかもしれません。しかし、その後にトラブルが生じたり、お互いが考えていた契約内容(合意内容)に齟齬が生じたりすることは少なくありません。

誠実に取引をしていても、例えば、仕入先が倒産して原材料が手に入らず、製品を作るのが遅れたというような、外部的な要因によりトラブルが発生することもあります。特にビジネスでは、一回の取引で終わるのではなく、継続的に取引を行うことが多いので、将来の問題発生の可能性も考えて行動することが必要です。

言うまでもないかもしれませんが、契約書の最大のメリットは、訴訟などになった場合に証拠としての価値が高いことです。裁判で、契約書の内容と異なる合意が事実認定されることもありますが、きちんと契約書に書かれている場合に比べて、一般的には立証のハードルは高いといえるでしょう。

訴訟前に仮差押・仮処分をしようとする場合には(仮差押・仮処分については、機会を改めて解説します)、契約書なしで裁判所に認めてもらうのはなかなか大変です。また、そもそも必要な条件をすべて口頭で話して合意するのは困難です。特に、上記のシステム開発のような例では、口頭のみで済ませていては、「どのようなものを開発するか」という根本的な点について、両者の考えに齟齬が発生するリスクがあります。これでは、わざわざトラブルを呼び込んでいるようなものです。

契約書をきちんと作成し管理していくことは、企業のリスク管理の第一歩と考えて取り組んでください

(2009年4月執筆)

プロフィール

石井邦尚 (いしいくにひさ)

弁護士登録年・弁護士会: 1999年弁護士登録、第二東京弁護士会所属

生年:1972年生
学歴:1997年東京大学法学部卒業、2003年コロンビア大学ロースクールLL.M.コース修了
得意分野等:米国留学から帰国後に「挑戦する人(企業)の身近なパートナー」となるべくリーバマン法律事務所を設立、IT関連事業の法務を中心とした企業法務、新設企業・新規事業支援、知的財産などを主に取り扱う。留学経験を活かし、国際的な視点も重視しながら、ビジネスで日々発生する新しい法律問題に積極的に取り組んでいる。
所属事務所:カクイ法律事務所