未来・創造バトン

第2話 株式会社エアウィーヴ 高岡本州会長(前編)

伸び盛りの企業に、商品開発、営業、財務等の「新価値」を聞く企画、連載第2話は、エアウィーヴ(本社・東京都中央区、年商約120億円)・高岡本州会長(56歳・以下敬称略)を取材した。2007年に睡眠の質を高めるマットレス『エアウィーヴ』を販売するや、現在は海外進出を果たすまでに成長した同社。急成長の裏側に、どんな「新価値」があったのか。

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アメリカ・ニューヨークにて、高岡氏と『エアウィーヴ』。

 高岡はその瞬間、自分の身に大きな転機が訪れたことを直感したという。

「マットレスの歴史を調べると、中にバネが入った『コイルマットレス』は100年ほど前につくられ、ほとんど進化していないとわかったんです。そして、売り場で触った感触で商品が選ばれ、睡眠に最適かどうか、誰も確かめないまま使われていました。これなら勝算がある! と」

 高岡は元々、日本高圧電気という会社を父から引き継ぎ経営していた。中国・ベトナムにも進出する、従業員数約650名の企業だ。ところが2000年を少し過ぎた頃、難題がふりかかってきた。伯父が経営していた「中部化学」から、経営を引き継いでほしいと相談されたのだ。プラスチックを糸状に形成する技術を持った機械メーカーで、主力商品は漁業用の網だった。また、糸状の樹脂を座布団のような形に成形し、植木鉢の下に敷くような緩衝材もつくれた。

「この市場には技術的進化がなく、市場が価格競争に陥っていました。しかし伯父からは『地域の雇用も守りたいから潰さないでほしい』と頼まれ、どうしたものか、と」

 高岡は赤字に耐えつつ、何か着想を得られないか模索し続けた。そして、自身が交通事故でむち打ちになり、眠る時に苦しんだ体験から、「自社の素材で、理想のマットレスが作れないか?」と考えた。

「マットレスに、従来のコイルやウレタンでなく樹脂の糸を使えば? と思ったのです。樹脂の太さや密度を変えれば、反発力を自由に調節できます。また、水洗いできるからカビやダニの心配もありません。そこで実際にマットレス大の試作品をつくって、私自身が試してみると、非常に寝心地がよかったんです」

事業創造の新価値『盛り上がりつつある/ブルーオーシャン』の市場を探せ

 この時、高岡はコイルマットレスについて調べ「もっと快適な睡眠がとれる商品を世に出せる」と考え「世界中の寝具を置き換えたい!」と身震いした。なお、高岡がマットレスに注目したのは理由あってのことだった。

 他社の“薄型マットレスパッド”が売れ始めていたのだ。

「新市場を一から創り上げるためには、多額の資金や影響力が必要です。私がマットレスに注目した時期は、ちょうど薄型のマットレスの売上げが伸びているタイミングで、『睡眠には質がある』と言われ始めた時期でした」

 世の中の「トレンド」にのり、注目が集まっている市場でビジネスを始めようと考えていたのだ。さらに、別の理由があった。薄型のマットレスパッドの市場は、その段階ではほとんど競合がいない「ブルーオーシャン」市場だったのだ。

「当時、睡眠の質について研究している機関は少なかったのです。もちろん、睡眠障害に対する研究はされていたのですが“健康な人の睡眠を高める”分野は手つかずでした。しかも、流通している商品は、100年前に発明されたコイルマットレスと、旧来の布団しかなかった」

 世の中のトレンドや流行の波は、一社で巻き起こすことは難しい。だから、流行の波に乗ることは重要だ。ただし流行に乗ったはずが、競合がひしめいているようではいけない。そこで高岡は「いまトレンドになりつつあるブルーオーシャン市場」を探していたのだ。

「最高の睡眠環境をサイエンスに基づき実現すること、それは今後、確実に流行していく概念でした。同時に、それを実現できている企業はなかった。そんな背景があったからこそ、多くのお客様が『あなたのマットレスで、質の高い睡眠がとれますか?』という警鐘に振り向いて下さったのだと思います」

 スタートは手作りだった。通販で様々なマットレスを買い、高岡や部下が使ってみて『どんな商品だと寝心地がよいか』を研究した。すると、ポイントは『反発力』だとわかった。体重をできるだけ大きい面積で支えると、体の重みが分散し寝心地がいい。また、体重による沈み込みが少ないと寝返る時に力を必要とせず、眠りが深くなることもわかった。高岡は樹脂の糸の密度・太さを調整し、完成度を高めていく。彼はこのあと大学教授の協力も得て、高価な『圧力計測器』も購入。微調整を加えていくと、果たして、実際に眠りが深くなることが立証できた。

 彼は「従来のベッドマットレスの上に敷いて、さらに寝心地を向上させるマット」というイメージを強調し、販売することにした。だが……。

 「2007年、コールセンターを準備し、広告を出稿すると、鳴った電話は1週間で2本だけ。コールセンターの人があまりに暇そうだったので、掃除をお願いする始末でした(苦笑)」  

眠りの情報発信サロン“The Quality Sleep Salon”にて

東京ミッドタウンに誕生した、眠りの情報発信サロン“The Quality Sleep Salon”にて

販売の新価値『試せない商品はブランド化するしかない』

 惨敗だった。高岡は「これだけ寝心地がよく、従来品と明らかに違うものがなぜ売れないのか?」と理解に苦しんだ。だが彼は、ここで2つの能力を発揮した。「現状を受け入れる力」と「周囲の力を借りる力」だ。売れないことを嘆いても仕方がない。彼は知人に現状を話し、何が欠けているのかを知ろうとした。すると、彼は経験豊かなコンサルタントを紹介され、重要な助言をもらった。

「コンサルの先生に『これでは誰も買ってくれません、鍵は“ブランド化”です』と言われました。一度使っていただけば、商品の良さはわかってもらえるはずなのです。でも、実際に寝てもらうことは難しい。私は新聞広告で効果を示すことで、その壁を埋めようとしていましたが、先生の発想は違いました」

 生涯忘れ得ぬ助言を聞いた。先生は「安い車は何車種も比較して買うユーザーが多い。でも、フェラーリやポルシェのような超高級車は試乗せずに買う方が多い」と言った。

 確かに、高級ブランドのバッグやスーツは「使い心地を試してから買う」ものではない。企業の理念を知っていて、商品の性能や使い心地に信頼があるから、消費者は購入前から「これがほしい」と決めて買う。試せない商品を売るには、自社とその商品を『ブランド化』するしかないのだ。

 だが、簡単な作業ではない。

「お金を払って広告を出しても、ブランド化はできないのです。――もちろん当社には、広告を打ちまくる資金力もなかったのですが(笑)。ではどうすればいいか。答えは、発信力がある方に『これはすごい』と言ってもらうこと。結局、“ブランド力”は世の中がつけてくれるものなんです」

 高岡とコンサルタントは、最初にアスリートに声をかけることにした。もしネームバリューがある選手に使ってもらえ、成績に反映したら、ブランドとしての信用度が高まるはずだ。だが「とっかかり」となるべき縁は非常に遠かった。

「私の子供がスキー教室に行き、スキーのコーチと仲良くなったんですね。その方が、五輪関係の仕事をされていたらしく……」

 ほぼ、縁はなかったと言っていい。だが、高岡とそのマットレスは、ここから水泳の北島康介選手、フィギュアスケーターの浅田真央選手、テニスの錦織圭選手など有名選手の信頼を得ていく。

 一体、何が起きたのか。

2009年2月、錦織選手に『エアウィーヴ』手渡した時の記念写真

2009年2月、錦織選手に『エアウィーヴ』手渡した時の記念写真

広告の新価値『有名人を起用するのでなく“共感してもらう”』

 アスリートの元には、連日「当社品をお使いください」と様々な商品が届く。使ってもらえれば宣伝になるからだ。高岡も同様に、選手の元を訪ね、商品を置いてくることから始めた。ところが『エアウィーヴ』は選手が積極的に使い、PRを買ってでるようになっていった。

 いくつか理由があった。まず、睡眠の質への関心が高まっており、みんな「使ってみたい」と思ったこと。トレンドに乗っていたからこそだ。次に、高岡は選手に「PRしてほしい」とは一切言わず、サポートに徹したのだ。

 広告は「言わせる」ことに重きが置かれていた。しかしSNS等で誰もが発信できる時代になり、広告は受動的に「言ってもらう」ものへと変貌を遂げているのだ。

 高岡が興味深い話をする。『エアウィーヴ』は後年、歌舞伎役者の坂東玉三郎さんに愛用されるようになった。同社も坂東さんに使われて2年ほど経ったあと、彼を広告に起用した。その時のことだ。

「玉三郎さんが“『エアウィーヴ』があるホテルっていいですよね”と話す内容だったのですが、彼は『いいですよね』を『うれしいですよね』に変えたいと仰ったんです。たしかに『エアウィーヴ』がないホテルは悪いのか? と言われればそうではありません。玉三郎さんは、いい/悪いの比較がしたいわけでなく『私がよく眠れるからうれしい』という気持ちを伝えたいと仰ったのです」

 高岡の答えはもちろん「YES」だった。なぜなら、高岡は「お金を支払い、心にもないことを言わせる」施策では、“ブランド化”は果たせないと考えていたのだ。ほかにも事例がある。

 アスリートや有名人が自発的に気に入り、それが世の中に発信される――この流れだけが商品を『ブランド』へと押し上げるのだ。アスリートの「自発的な発信」と「広告」は、いずれも「メディアで情報が広まる」という共通点を持っている。だが「言わされた」と「言っている」は真逆だ。そして現在は、ネットの口コミで情報が広まる世の中でもある。買う人間も、広告に起用された有名人が「言わされている」のか「共感しているのか」、その微妙な差を意識するのだ。

 高岡は、徹底してこの違いにこだわった。知人を経由し、テニスの錦織圭選手に商品を渡した時も、お金を払って発言してもらうようなことはしなかった。すると彼から「愛用している」と直接メールが来るではないか。たとえば、同社がCMに起用する浅田真央選手に関しても「ご自身がエアウィーヴを気にって使ってくださり、海外遠征の時にわざわざエアウィーヴを持って行っていた様子を見て、スポンサー契約を依頼した経緯があります」とのことだ。

 こうして、エアウィーヴは一気に売り上げを伸ばした。順調に売上が伸び始めるまでに、発売から5年近くが過ぎていた。

2017年1月10日掲載

続く

プロフィール 高岡本州 たかおか・もとくに
'60年、愛知県生まれ。'83年に名古屋大学工学部応用物理学科を卒業し、'85年、慶應義塾大学大学院経営管理研究科修士課程修了。同年、日本高圧電気へ入社。'98年に日本高圧電気代表取締役社長へ就任し(現任)'04年、中部化学機械製作所(現 株式会社エアウィーヴ)設立。'07年にヴィーヴァジャパン(現エアウィーヴ)代表取締役社長へ就任し、'14年に代表取締役会長へ就任。以来現職。
著者プロフィール 夏目幸明 なつめ・ゆきあき
'72年、愛知県生まれ。早稲田大学卒業後、広告代理店入社。退職後、経済ジャーナリストに。現在は業務提携コンサルタントとして異業種の企業を結びつけ、新商品/新サービスの開発も行う。著書は『掟破りの成功法則 破天荒創業者のマジ語り』など多数
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