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スタッフの能力を引き出した社長の「学び」−水上 なかや旅館のミーティング

2010年7月15日更新

第15回 スタッフの能力を引き出した社長の「学び」−水上 なかや旅館のミーティング

 リッツ・カールトンやディズニーの事例が広く知られるようになり、「おもてなし」が注目されるようになった。しかしながら、実現には個々のスタッフがお客様に対し、マニュアルを超えた高い水準でのサービス提供が必要だ。とはいえ、小さな旅館やレストランでは、少人数で目の前の仕事を片付けることで精いっぱい。とても人材教育に時間やお金をかけられないというが現実だ。

 群馬県水上温泉に「天空の湯 なかや旅館」という宿がある。客室14室、正社員・パート全10名というこぢんまりとした旅館である。だが、「おもてなし」には定評があり、旅行代理店サイト「じゃらんネット」の「マチコミランキングおもてなし部門」で1位を獲得したこともあるほどの人気旅館だ。ただし、大手企業のような教育システムが制度化されているわけではなく、また、従業員が頻繁に研修に出られるほど、スタッフ数に余裕があるわけでもない。その中で、おもてなしが評判の旅館になったのには理由がある。

 数年前まで、なかや旅館のサービスはスタッフによりばらつきがあり、優秀なスタッフ1、2名に頼っているのが現状だった。「100−1=0(100マイナス1はゼロ)」といわれるサービスの世界で、なかや旅館は「おもてなし」どころか、スタッフの連携ミスといった基本的な不具合が目立つレベルでしかなかった。

「チームワークが大切」「個々のスタッフのレベルアップが必要」

 課題が山積する中、2003年、社長の阿部 剛氏はスタッフの意識を変える抜本的な改革に乗り出した。まずは、なかや旅館の経営理念を「新しい感動と豊かさの提供」に定めた。スタッフに浸透させるため、理念を名札の裏側に記すことにした。そうすれば、スタッフが一丸となって理想の旅館づくりにまい進すると阿部氏は思っていた。

 一年経ったある日、阿部氏はスタッフの一人に経営理念を尋ねてみた。だが、そのとき返ってきた答えは「えーっと……」だけだった。まったく浸透していなかったのだ。

時間もお金もかけない人材教育

 「新しい感動と豊かさの提供」という経営理念が掲げられたものの、なかや旅館のサービスは依然低いレベルのままだった。しかし、ここから先、社長の阿部氏は一段ずつ階段を上るように、スタッフのサービスのレベルを向上させていく。それをけん引したものは何か。

 結論をいうと、原動力の源泉となったものは、阿部氏の「学ぶ姿勢」に集約される。この頃、阿部氏はある本に出会う。それは、リッツ・カールトンの経営について書かれた本だった。そこには、スタッフの一人ひとりが、自ら考え、お客様に感動を与える姿が描かれていた。同じ、宿泊業を営む者として、リッツ・カールトンのことをもっと知りたい。阿部氏はセミナー参加や書籍購入など、リッツ・カールトンを学ぶためにあらゆることに投資した。

 ところで、リッツ・カールトンには「ラインナップ」と呼ばれる朝礼のようなものがある。リッツ・カールトンが定めるモットーやクレド(信条)について、司会者が質問を投げかけ、みんなで話し合うというものだ。ディスカッション形式だからスタッフは自ら考えなければならず、結果、経営理念がスタッフの血肉になり浸透していくというものだった。

「これだ、と思いました」(阿部氏)
ミーティング風景

ミーティング風景。「なかやの礎」を読みあげている。

 阿部氏はリッツ・カールトンのラインナップを模して、なかや旅館では「おもてなしミーティング」を始めることにした。

 しかしながら、始めてみると、司会の阿部氏がスタッフに問いかけても、返ってくるのは、「いいと思います」「その通りだと思います」といった、当たり障りのない言葉ばかりだった。本に描かれている姿とは違い、スタッフは一様に消極的な態度をみせた。だが、阿部氏はめげずに、真意を繰り返し、何度も、伝え続けた。

なかやの礎

「なかやの礎」。ポロボロになるまで読みこまれている。

 阿部氏の学ぶ姿勢がもたらしたもう一つのものは、「なかやの礎」というオリジナルテキストの制作だ。リッツ・カールトンにはクレドベーシックというものがある。阿部氏は、スタッフに経営理念をどのようにして自身の行動に反映させたらいいか、よりわかりやすく伝える必要を感じていた。そこで、クレドベーシックを模して、オリジナルテキスト「なかやの礎」を制作した。全部で60以上もの項目があり、おもてなしミーティングで毎日1項目ずつ読み上げられる。

 「なかやの礎」には心構えから、お客様の見送り方、会話、挨拶、クレームの対処法まで、細々とあるべき姿が描かれている。たとえば、会話ならば、「お話の主人公はお客様であることを忘れずに」といった文言が加えられており、経営理念である「新しい感動と豊かさの提供」を実現するには、どのようにしたらいいかが具体的に綴られている。

学ぶ姿勢だけで終わらせない

 毎日繰り返されるおもてなしミーティングで、消極的だったスタッフの態度に少しずつ変化が現れた。「どう思いますか?」と問えば、ふだん自身が気をつけていることが返ってくるようにもなった。

 それまでのスタッフには、変なことを言ったら怒られるのではないか、否定されるのではないか、そんな不安が覆っていた。阿部氏はどんな意見も受け入れ、必要に応じて的確なアドバイスを述べる。なにより、スタッフの意見を引き出すように努めた。その結果、スタッフの不安は少しずつ取り除かれていき、ミーティングには、自身の意見を積極的に述べる雰囲気が出来上がったのだ。

 ミーティングが活性化することで、スタッフ間のチームワークは目に見えてよくなっていく。互いを信頼する気持ちがコミュニケーションを密にするため連携ミスも減った。しかも、スタッフが自らマニュアルを超えた「おもてなし」をするような場面も出てくるようになり、お客様の反応もいい。お客様や、社長、仲間たちに認められることで、スタッフの主体性がより現れてくるようになった。

阿部両氏

社長 阿部 剛氏、右:若女将 阿部 直美氏

 「おもてなし」ミーティングのスタートはリッツ・カールトンを模したものだった。でも、今では、「なかやの礎」というなかや旅館のオリジナルのクレドができあがった。そして、ミーティングで話すスタッフの言葉は、借り物ではなく、仕事を通して心の奥底から湧き出でたものとなった。そこにたどり着くまでには、社長のあきらめずに学び続ける姿勢があり、これが模倣をオリジナルへと変化させたのだ。

 本などを必要としない天才と呼ばれる経営者もいる。ただし、セミナーや本を通して、学べば、それだけ経営の引き出しは増える。実際に、大手SNSを経営する社長の本棚には、マイケル・ポーターの『競争優位の戦略』が置かれている。ちなみに、ユニクロの柳井氏がドラッカーを、ワタミの渡邉美樹氏がポーターの『競争の戦略』を座右の書にしていることは有名な話である。

 その一方で、世の中には、たくさん読みすぎるあまり一貫性をなくしてしまう経営者もいる。なかや旅館はリッツ・カールトンを読み、うまくいくことを信じて実践に移した。そこに、ぶれはない。阿部氏は壁にぶつかったら、もう一度、リッツ・カールトンを学び直し、新たなアクションを起こす。この愚直ともいえる学ぶ姿勢、そして、学んだことを活かす姿勢、これが企業の強みの根源になることをなかや旅館は示している。

一、学ぶ姿勢が何よりも大切
一、学んだものを、自社にアレンジし、愚直なまでに実行し続ける
一、うまくいかなくともめげずに、新たなアクションを起こす根気が重要
会社概要
会社名株式会社 なかや旅館
代表者阿部 剛
所在地群馬県利根郡みなかみ町湯桧曽93
電話番号0278-72-3516
 

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