ここが知りたいRoHS指令

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電子・電気部品に関する欧州の環境規制(RoHS指令)について紹介

2018.02.23

フタル酸エステル類の解説 (1)基本知識と用途、市場

本コラムにおいても、フタル酸エステル類に関する規制状況移行に関する文献調査などについてご紹介しました。
 フタル酸エステル類への対応については、現在、有識者の方々と具体的に検討を進めています。そこで、本コラムでも、フタル酸エステル類に関する基本情報や分析方法等について複数回にわたって有識者の方々に解説頂きます。

1. フタル酸エステルとは

フタル酸エステル類は当初から多様な用途に応じて多くの品種が工業的に製造販売されている。中でも柔軟性付与等のためにプラスチック、特にポリ塩化ビニルやゴムへの樹脂添加剤として利用されるケースが多く、長年にわたり我々の身近な生活に利便性をもたらしてきた。そのような製品の一例としては、床材、壁材、テーブルクロス、人工皮革、園芸用ホースなどがあげられる。今般、RoHS2で制限の対象となったDBP、BBP、DEHP、及びDIBPは数あるフタル酸エステル類に属する一部の化学物質である。本稿では、化学物質群であるフタル酸エステル類を化学の視点から理解し、これら4つのフタル酸エステルがその中でどのような位置にあるのかを解説することを目的とする。

<1-1 フタル酸エステルの原料、化学構造>
 フタル酸エステルはエステル化合物である。エステル化合物は種々の酸と種々のアルコールの組み合わせから合成されるエステルの総称であり、その反応は図1に模式的に示される。一般的にはこれらのエステルは熱に対しては化学的に比較的安定であり、元の原料に分解することはほとんどない。

図1 可塑剤は酸とアルコールから得られるエステル化合物

図1 可塑剤は酸とアルコールから得られるエステル化合物

次に、フタル酸エステルの具体的な原料と合成反応について述べる。フタル酸エステルは、フタル酸(ベンゼン環に2つのカルボン酸が結合したジ-カルボン酸)とアルコール2分子が脱水反応して生成したジエステルの総称である。本稿ではそれらのフタル酸ジエステルをフタル酸エステル類と呼ぶことにする。フタル酸エステル類は約200℃でも熱的に安定に存在するものもある。しかしながら、酸性や塩基性環境では水の存在下で原料の酸とアルコールに加水分解する。

図2 フタル酸エステル類の合成の一例、DBP

図2 フタル酸エステル類の合成の一例、DBP

フタル酸エステル類の一例として比較的分子量の低いDBPを取り上げる。DBPはDibutyl phthalateの略である。この化合物の酸側原料は、フタル酸の中でも2つのカルボン酸がベンゼン環の隣り合わせの炭素に結合したオルソ-フタル酸(o-phthalic acid)と、アルコール側原料は炭素数が4つの直鎖ブタノール(butanol)2分子である。これらが脱水反応で2分子の水を脱離してDBPが生成される。(図2参照)

図3 フタル酸エステル類の合成の一例、DEHP

図3 フタル酸エステル類の合成の一例、DEHP

フタル酸エステル類の中でも代表的なフタル酸エステルであるDEHP(Di-2-ethylhexiyl phthalate)の原料と生成するDEHPの化学構造を図3に示す。DEHPの酸原料はオルソ-フタル酸、アルコール原料は炭素数6個の直鎖に2個の分岐鎖が結合している分岐アルコール、2-エチル-1-ヘキサノール(2-ethyl-1-hexanol)、2分子である。

次に、工業的に製造されているフタル酸エステル類について述べる。

図4 フタル酸エステル類

図4 フタル酸エステル類

図4には、アルコール原料のアルキル基(R)の炭素数が上から1個のものから順にひとつずつ多くなる順番に、酸原料としてオルソ-フタル酸を用いて生成する知り得る限りのフタル酸エステル類(模式図であり網羅的ではない。また、工業製品でないものも含む)を略号で列挙した。炭素数16の1-ヘキサデカノール(パルミチルアルコールともいう)を原料としたフタル酸エステルは現在のところ工業的に可塑剤として使用される例はない。
 使用するアルコール原料は炭素数ばかりではなく、その構造等によって便宜上以下のように3つに分類することができる。

  • 炭素原子が一本の鎖状に結合している直鎖の単一アルコール(単一成分)
  • 鎖状の炭素原子の一部に分岐を持つ単一分岐アルコール(単一成分)
  • 単一成分ではなく混合アルコール(混合物)

図4では、左の第一列にそれぞれの炭素数の直鎖アルコール(単一成分)からなるフタル酸エステル類を、第二列にそれぞれの炭素数の分岐アルコール(単一成分)からなるフタル酸エステル類を、第三列にそれぞれの炭素数が主成分である混合アルコールからなるフタル酸エステル類を略号で示した。なお、図中、*の付いているフタル酸エステル類、DBP、DIBP(Diisobutyl phthalate)、DEHP、BBP(Butyl benzyl phthalate)は欧州RoHS2の制限対象である。
 炭素数9のアルコールとオルソ-フタル酸を原料とするフタル酸エステル類は図では、左から順に略号でDNNP、DINP、DINPと示した。DNNPは単一成分の直鎖のアルコール(n-Nonyl alcohol)を、真ん中のDINPは単一成分の分岐アルコール(i-Nonyl alcohol)を原料としており、これらはいずれも可塑剤として大量に使用されているわけではない。一方、右端のDINPは混合アルコールを原料としており、工業的なレベルで製造販売されている。

図5 フタル酸エステル類、DEHPと類似可塑剤、DOIP、DOTP

図5 フタル酸エステル類、DEHPと類似可塑剤、DOIP、DOTP

図5には、炭素数8の分岐アルコール(2-ethyl-1-hexanol)の単一成分アルコールを原料とし、フタル酸を構成するベンゼン環に2つのカルボン酸が結合した酸原料としたエステル類の略号(DEHP、DOIP(Bis(2-ethylhexyl)isophthalate)、DOTP(Bis(2-ethylhexyl)terephthalate)と化学構造式を示す。これらの酸原料は、化学式は同じであるが、2つのカルボン酸がベンゼン環のどの部位に結合しているのかで互いに構造が異なる幾何異性体の関係にある。DEHPはフタル酸としてオルソ-フタル酸(ortho-体、IUPAC名:1,2-ベンゼンカルボン酸)、DOIPはイソ-フタル酸(meta-体、IUPAC名:1,3-ベンゼンカルボン酸)、DOTPはテレ-フタル酸(para-体、IUPAC名:1,4-ベンゼンカルボン酸)を用いている。

図6 フタル酸エステル、DINPとそれに類似した可塑剤、DINCH

図6 フタル酸エステル、DINPとそれに類似した可塑剤、DINCH

図6には、炭素数9の分岐アルコール(i-Nonyl alcohol)を主成分とした混合アルコールを原料として得られるフタル酸エステル類と、同じ種類の混合アルコール原料を用いて得られるジエステル化合物の略号(それぞれDINP、DINCH)と化学構造式を示す。DINPは先に述べた通り、酸原料側はベンゼン環を持つジカルボン酸(オルソ-フタル酸)である。他方、DINCH(1,2-cyclohexane dicarboxylic acid diisononyl ester)の酸原料側は、ベンゼン環を水素化して全ての二重結合が一重結合となったシクロ環を持つジカルボン酸を用いている。
 これまで記述してきたジエステル化合物は慣用英字読みでは広義な意味でフタル酸エステル類と思われる向きもあろうが、化学構造及び化学物質命名法に従えば、DOIP、DOTP、そしてDINCHはフタル酸エステル類には分類されない。化合物の呼び方はともかくとして、何れにしても、ヒトや環境への影響は個々の化学物質について科学的に議論されることが望まれる。

可塑剤として用いられているエステル類の酸側原料には他に、図7に示すような酸も利用されている。アジピン酸エステル類は食品用ラップに、トリメリット酸エステルは高い耐熱性が要求されるワイヤーハーネスに用いられている。これらのエステル類についての詳細は本稿では割愛する。

図7 可塑剤として使用されるその他の酸原料

図7 可塑剤として使用されるその他の酸原料

<1-2 フタル酸エステルの特性(市販されている主なフタル酸エステルの物理化学的性質)>
 フタル酸エステル類は、総じて、室温では液体でほぼ無色透明、水よりもやや粘稠でオイル状の粘り気がある。低粘度のてんぷら油を無色透明にした感じである。市販されている主なフタル酸エステル類(DBP、BBP、DEHP、DINP、DIDP、DNOP)の主な物理化学的性質を化学式、CAS No.と共に表1に示す。

表1 主なフタル酸エステル類の物理化学的性状

表1 主なフタル酸エステル類の物理化学的性状

これらの融点は-50℃~-25℃の範囲にあり、アルコールの炭素数が増大するにつれて直鎖の場合、融点は一般的には上昇する。一方、これらの沸点は340℃~420℃の範囲にあり、室温での蒸気圧は極めて低い。比重は、DBP、BBPで1を超え、DEHP等他4フタレート類は1を下回るので、前者は水に沈み、後者は油のように水に浮かぶ。水への溶解性も炭素数が増大するにつれて低くなる。n-オクタノール/水分配係数(log Pow)は、水になじまない油状のn-オクタノールと水とのどちらに化学物質が溶けるのかを示す指標である。この値が正であれば油側に、負であれば水側により多く化学物質が溶けることを意味する。生体内部には油性の部位があるので、log Pow>4では生体濃縮性が高いと判断されるが、自然界の水系環境ではエステルであるフタル酸エステル類の多くは加水分解或いは生分解し、蓄積することはない。

2. フタル酸エステル類の具体的な用途と世界市場

フタル酸エステル類には、<1-2>にも記したように、アルコール原料のアルキル鎖長、即ち炭素数にバリエーションがあることから品種も多い。石化原料が利用できることから大量生産もできコスト面でも優位なので、用途のすそ野は広い。添加量は少量ではあるがエラストマーやゴムのコンパウンドとして、コーティング剤や塗料の溶剤、潤滑剤等としても古くから用いられている。また、航空機エンジンのブレードをエンジン軸に接着する際に用いられる拡散接着剤の一成分としても、大気汚染の低減に社会的に貢献しているセラミックシートやラムダセンサーの製造工程等にも、また、リチウムイオン電池に用いられるセパレーターの湿式法製造工程にもDEHPが用いられている。あまり知られていない特殊な用途は別として、フタル酸エステルの90%以上は、ポリ塩化ビニルを柔軟にする軟質化添加剤、すなわち可塑剤用途である。
 一例として、2015年における国内でのDEHPの用途別使用割合を図8に示す。塗料・顔料・接着剤、車両用アンダーコート・シーリング、その他以外はすべて可塑剤用途である。RoHS2関連では、フィルム/シートが包装材で、また、電線被覆材(電線被覆用コンパウンド含む)やホース/ガスケットがEEE内部の部品として用いられているようである。なお、コンパウンド一般には、種々の軟質塩化ビニル成形品が含まれるが、輸液バッグ、輸液用チューブ等も含まれている。DEHPで軟質化した材料が1950年以降、医療用途で今日まで世界中で用いられている。

図8 DEHPの国内での用途別使用割合2015

図8 DEHPの国内での用途別使用割合2015

2015年の統計では全世界での可塑剤の市場は約840万トンで、2007年のそれが約600万トンであったことから、この8年間で約4割増と市場は拡大している。それでは、世界で使用されている可塑剤の内訳はどうなっているのであろうか。図9に各地域での可塑剤の中でのフタル酸エステル類(■(その他)以外の全部分)のシェアーを、2015年ベースで模式的に示す。欧州で約70%、米国で約74%、日本では約90%弱をフタル酸エステル類が占めており、全世界では約70%強である。それらのフタル酸エステル類は、具体的にはDBP、DEHP、DINP、DIDP(Diisodecyl phthalate)、DPHP(Di(2-propylheptyl) phthalate)等である。

図9 各地域での可塑剤の中でのフタル酸エステル類のシェアー 2015

図9 各地域での可塑剤の中でのフタル酸エステル類のシェアー 2015

(可塑剤工業会 技術部長 柳瀬広美)

当解説は筆者の知見、認識に基づいてのものであり、特定の会社、公式機関の見解等を代弁するものではありません。法規制解釈のための参考情報です。 法規制の内容は各国の公式文書で確認し、弁護士等の法律専門家に判断によるなど最終的な判断は読者の責任で行ってください。

情報提供:一般法人 東京都中小企業診断士協会

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