本文とサイドメニューへジャンプするためのナビゲーションスキップです。

スタートアップガイド

J-Net21 中小企業ビジネス支援サイト

  • J-Net21とは
  • スタートアップガイド
中小機構
  • メルマガ登録
  • RSS一覧
  • お問い合わせ

HOME > 経営をよくする > 中小企業大学校の上手な使い方 成長企業にみる人材育成

中小企業大学校の上手な使い方 成長企業にみる人材育成


株式会社 矢野特殊自動車

老舗特装車両メーカー、西の横綱として復活

株式会社 矢野特殊自動車
矢野彰一社長

画像をクリックすると拡大表示します
国内では初の冷凍車を生産した老舗企業

国内では初の冷凍車を生産した老舗企業

矢野特殊自動車は、冷凍車やタンクローリーなどの特殊車両(特装車)メーカー。大手トラックメーカー4社から車台の提供を受け、顧客ニーズに応じた特装車を供給している。現存する最古の国産乗用車「アロー号」も、国内初の冷凍車も生産したのは同社だ。

管理者コースは10人が修了

中小企業大学校直方校の「経営管理者養成コース」を現社長の矢野彰一氏が受講したのは、製造部長付だった1993年。同コースの評判を聞きつけ、将来家業を継ぐことになる矢野社長に当時の製造部長が受講を勧めた。矢野社長は8年間勤務した大手建機メーカーから、実父が3代目社長を務める同社に転職した直後だった。受講の印象を「講師が充実していた点や同世代の若手経営者が多く、刺激を受けた。財務の勉強ができた点もありがたかった」と振り返る。卒業後も講師やクラスメートとの交流は続き、その後の大きな糧となったと話す。

以後同社は多くの従業員に同校の利用を薦めている。これまでに半年間の経営管理者養成コースは10人程度が修了、また短期講座には多い時期は年70人近くが受講している。

経営者は何人いてもよい

同社が手掛けた特装車

同社が手掛けた特装車

矢野社長が入社した当時は、初の中期経営計画を策定した直後だった。目標は売上高100億円。だが当時の売上高は60億円足らず。バブル経済が崩壊した直後だったこともあり「無謀な数字」と不安を感じていた。矢野社長の懸念は当たる。日本経済はその後失速、99年3月期に売上げは53億円まで落ち込み、人員削減に踏み切らざるをえない状況に追い込まれた。

矢野社長は、99年に常務に就任した。しかし当時は2代目カリスマ社長の長期体制が「指示待ち体質を生み出していた」。このため実父である3代目社長と組織改革を進め、従来の営業部や製造部といった機能別組織をバンやタンクローリーといった製品別組織に変革した。またやる気を促す目的で事業部長の公募に踏み切った。「手を挙げてくれるのか不安だったが、15人ほどが手を挙げてくれた。うれしかった」。やる気のある社員を抜てきすると同時に、幹部候補生として同大学校に送り込んだ。

「組織を活性化するには人材育成が不可欠。経営者は何人いてもいい」。気が付くと品質は向上し、指示待ちの風土が改まっていた。売り上げも矢野彰一氏の4代目社長就任を祝うかのように、06年3月期に目標だった100億円を突破した。

目標は国内シェア40%

日本自動車車体工業会調べによると、同社大型冷凍車の国内シェアは32%。西日本地区に限れば大型車70%、中型車40%と他社を圧倒している。だが関西、中部、関東と北上するにつれシェアは低下する。まずは「国内シェア40%、中型は西日本トップを堅持する」。その上で冷凍車の主要需要地である東北や北海道強化が中長期的な目標だ。このためにも「メンテナンスやサポートが重要。会社発展のためにも人材育成は欠かせない」と人材の重要性を説く。

原油高騰にデフレ、環境問題と取り巻く環境は厳しい。だが人が生活するうえで食料や燃料の輸送が途絶えることはない。「お客さまの価値あるパートナーとして成長するとともに、従業員の満足度も向上させる。働くことができてよかったと誇りを持てる会社にしたい。目標は経常利益率5%だ」。矢野社長の向上心に終わりはない。

企業データ
株式会社 矢野特殊自動車
代表者 代表取締役社長 矢野彰一
所在地 福岡県粕屋郡新宮町上府1540-3
電話 092-963-2000
設立 1953年11月
資本金 4900万円
社員数 340人
主要事業 特装車製造・販売
企業ワンポイント
旧来体質からの脱却へ組織改革を断行。やる気のある社員を抜てきし、指示待ちの風土改める。経営品質の向上で、念願の売上高100億円突破を果たす。

掲載日:2010年3月12日

前の記事次の記事


このページの先頭へ