
神戸元町商店街は1874年(明治7年)、当時の兵庫県知事だった神田孝平氏が「元町通り」と名付けて以来、神戸を代表する商店街の一つとして、全国に知られるようになった。豊臣秀吉の治世に岡山や広島から京都へ向かう旧西国街道沿いにあった神戸村や走水村、二ッ茶屋村から形成され始めたと言われる。 時代とともに発展してきた同商店街は現在、JR元町駅と百貨店の大丸前を結ぶメリケンロードと、神戸港へつながるハーバーロードまで東西約1.2kmの間に約300店が軒を連ねる。神戸のハイカラ文化を支える老舗洋菓子店から激安のドラッグストアまで幅広い業態が店を構え、土日の通行人は約1万5,000人。近隣住民から観光客までさまざまな人が行き交い、店も人も個性的な様相を醸し出している。 災害からの復興の歴史130年以上の歴史があるだけに栄枯盛衰を味わってきた。1867年(慶応3年)の神戸港開港で活況を呈した一方、1938年(昭和13年)の阪神大水害や1945年(昭和20年)の神戸大空襲など苦難の時代があった。また神戸市役所の移転や市街地が三宮方面に移るにともなって客足も遠のく傾向にある。さらに95年の阪神・淡路大震災では大打撃を受けた。震災後、商店街を形成する約300店舗のうち130店舗ほどが入れ替わった。古い歴史を知らない店主も多い。 そこで再びにぎわいを取り戻すため、かつての日々をしのぼうと手軽に街の歴史を学べる写真集「元町懐古写真集−道」を2006年8月、元町1番街商店街振興組合が発行した。買い物に来るだけでなく歴史散策も楽しめる街として活性化しようという試みだ。何十年も前に来た顧客が、店主と商店街通りの変遷などで会話に花を咲かせる場面も街の魅力となっている。 黄金期を思い起こさせる多彩なイベント![]() 夏季の間に行われるキッズウィークなど、多彩なイベントが開催される。 同商店街は港に近いのが最大の特徴だ。港から陸揚げされる舶来品などの物珍しさで、これまで人々が集まってきた。しかし神戸港の陸揚げ量の減少や船舶の停泊期間の短縮化により、その特徴を失いつつある。また明石−淡路島−徳島を結ぶ明石海峡大橋の開通によって、航路による往来客が減少した。 そこで打ち出したのが商店街で毎月行う盛大なイベント。7月下旬から8月上旬に行うキッズウィークでは、親子で楽しめるお菓子作りやビンゴ大会などをアーケードの下で開いており、買い物以外でも楽しめるようになった。また期間中、「夜市」と題して18時以降から集中的にイベントを開催する日を設けた。夕方からの来客増加へとつなげようという試みだ。 今年で10回目を数える、10月に行われる「元町ミュージックウィーク」では、期間中に30万人が訪れるなどかつての黄金期の様相を思い起こさせる勢いがある。さまざまな催しによって人が集まるようになってきた元町商店街だが「普段から、もっと人が立ち寄れるようにしたい」(片山泰造神戸元町6丁目商店街振興組合会長)と、商店街では新たな施策を練る。 とくに元町商店街の5丁目と6丁目は震災後、土地の売却が進み、マンションの進出が相次ぐ。そこで商店街を訪れる顧客と住民がそれぞれ楽しめるように、商店街の特定区画に花びらで絵を描くイベント「インフィオラータこうべ」を4月に開催している。きれいな花で模様をカラフルに描き、麗しい花の香りを住民も商店主もお客さんも楽しめるように工夫している。 兵庫県神戸市 神戸元町商店街の概要
|