
粋な情緒が息づく町江戸時代初期から栄えた商業文化都市である日本橋人形町。当時は操り人形の芝居小屋があり、人形師が多く住んでいたのが町名の由来である。人形町商店街は明治41年(1908年)に「商誠会」を組織し、近代的商業組合となった。昭和26年(1951年)にはいち早くアーケードを設置して話題を呼んだ(現在は防災面の問題・老朽化により廃止)。 加盟店には江戸・明治時代から続く老舗が多く名を連ねる。買物客に「暑い中来てくれてありがとう」、「気をつけて帰りなさいよ」などと声をかける気さくな下町風情が魅力だ。子授け・安産祈願で知られる水天宮やオフィス街が近いため、観光客やサラリーマンで常ににぎわっている。近隣にスーパーなどの大型店はほとんどなく、商店街にとって恵まれた環境にあると言える。 しかし、現状に甘んじるつもりはない。月1回のペースでイベントを開催し、さらなる活性化に努めている。 ユニークで地域色豊かなイベント![]() 人形町商店街シンボルタワーの時計台 夏・冬の大売出しでは福引を実施し、大当たり特賞は1万円、5,000円、1,000円札の「現金つかみどり」。過去には特賞と1等で229,000円獲得した人もいるという。8月中旬には「せともの市」を3日間開催。人形町通りに問屋のテントが立ち並び、特価で販売される陶磁器や台所用品を求めて、夜になっても人だかりができる。 2006年10月には町名にちなんで第1回「人形町の人形市」をスタート。テントにて玩具人形やガラス人形などを販売した。東京穀物商品取引所のホールでは1日2回人形浄瑠璃文楽やパペットショーなどを開催。平日にもかかわらず毎回150人収容の会場が満席になり、行列ができるほどの盛況だった。 07年は10月15日〜17日に開催予定。テント出店数を34から45に増やしたが希望者が多く、出店店舗を抽選で決めている状態だという。チラシを6万枚作成、地下鉄には窓上広告を出す予定で、観光客を呼び込むためのPRにも余念がない。 常にチャレンジ![]() 8月中旬のせともの市 なぜイベントに力を入れるのか。「マンネリになってはいけない。絶えず新しいチャレンジをしていかなければ時代に合わなくなる」(人形町商店街協同組合・広田栄次副理事長)。 イベントに来た観光客が商店街で買物や食事をするため、収益面での効果が大きいという。 多くの商店街の悩みの種である後継者不足はここではあまり深刻ではない。100年以上の歴史をもつ老舗が多いからではないか、と広田栄次副理事長は分析する。現在、商店街青年部である三水会には約80名が加入。中央区観光商業まつりの一環として平成元年(1989年)にスタートした10月のてんてん祭は、この三水会が主催している。日本橋七福神の一つ・椙森(すぎのもり)神社が宝くじ発祥の地であることにちなんだ富くじや、ヘブンアーティスト(東京都認定の大道芸人)によるパフォーマンスなどで盛り上がる。「サポート役」という協同組合は若手の力に期待する。 同商店街には空き店舗が見当たらない。仮に空きができてもすぐに出店希望者が現れるという。協同組合への加盟店舗数も増えている。店舗数減少や空き店舗対策に悩む商店街が多い中、活気がある同商店街ならではの特色と言えるだろう。 あえて課題をあげるなら施設の老朽化だろう。09年までに250台収容の駐輪所を設け、道路を拡張するなどして、さらに集客を高めるための環境整備に努める。商店街の活力が人を引き付け、それがまた商店街の活力を生み出している。 東京都中央区人形町商店街の概要
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