
84歳の理事長が陣頭指揮「昔栄えた街を復活させよう」 来年の2008年に開府400年を迎える城下町松江の中心部にある松江京店商店街の合言葉だ。その地元商店街復活の陣頭指揮を取るのが松江京店商店街協同組合理事長で島根県商店街振興組合連合会会長でもある泉彬氏。関東大震災のあった大正12年生まれの満84歳ながら「週2回のゴルフを欠かさない」という元気さで、商店街の発展を担う若手商店主の育成に取り組む毎日だ。 松江市は島根県庁所在地。松江京店商店街は宍道湖畔の小型遊覧船が行き交う大橋川と京橋川の2つの川に挟まれた情緒あふれる街でもある。また、京風の街並みが「京店」の名前の由来で、明治23年に来松した小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の愛した町だけあって今でも文学的な雰囲気を漂わせる。幸いなことに戦災にも会わず、戦後の復興とともに昭和50年代初頭までは順調な発展をみせていた。 「カラコロ広場」で街並みに磨き![]() カラコロ広場 だが、1970年代半ばに入るとモータリゼーションの到来、大型店の出店、消費生活の急速な変化が伝統的な街並みの松江京店商店街を襲い、70年代後半から衰退の一途を辿り出したのである。これに危機感を持った泉氏ら地元商店街の幹部が立ち上がり、中小小売商業振興法の認定を受けて91年度から5年をかけ、共同施設と組合員の個店整備事業を実施。さらに松江市の「地域作り推進京店周辺活性化事業」によって、小泉八雲の著書の中に出てくる橋を渡る下駄ばきの人の描写に因んで名づけた「カラコロ広場」を完成するなど、古風な街並みに一層の磨きをかけた。 「屋根の低いアーケードを取り壊したり、思い切ったリニューアルをした」(泉理事長)効果で、客足も徐々に戻り始める。ただ、「今は発展もさびれもしていない状況です」というだけに、新たな振興策が当面の課題でもある。 帰ってきた8人の若手後継者「最近の観光客は豊かになったせいか、商店街に限らず旅先でモノを買わなくなっているんですね。しかし、旅先の食べ物には関心が深いんです。その点、松江は日本海や宍道湖の新鮮な魚介類に恵まれています。ですから商店街活性化のカギは食べ物にあるということで、これからは「食の街」として大いにピーアールしていきたい。とくに団塊の世代の方々にも喜んでいただける「食の街」にしたいと思っています。また、来年の開府400年を契機に新たなイベントも考えています」 「幸い商店街の後継者として8人の若手がUターンしてきました。私にとっては孫のような世代です。これは商店街にとってたいへんな戦力です。彼らを中心に商店主が本気になっています」 後継者難に悩む商店街が多い中で、松江京店商店街は恵まれた環境にあるようだ。そして、泉理事長は商店街活性化の長年の経験から、その妙案をこう話す。 「最初に自助。次に互助。最後に公助ありきです」 島根県松江市 松江京店商店街
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