
![]() 水木しげるロード周辺商店街 |
大変身遂げた境港駅前コミュニティーロード鳥取県境港市の人口は約3万8,000人。三方を日本海、中海、境水道の3つの海に包まれ、かっては全国一の漁獲量を誇った漁業の街として、古くは江戸時代の北前船の寄港地として知られる由緒ある土地柄だ。本町アーケード商店街、松ヶ枝町商店街、西本町商店街および新道元町商店街の4つの商店街で構成する水木しげるロード周辺商店街は弓ヶ浜半島の西のはずれ、JR米子駅を基点とする境線終着駅の境港駅前にある。全長800mのロードに一歩足を踏み入れると、誰しもが鬼太郎の妖怪たちを象ったオブジェや妖怪たちを描いた看板を掲げたお店と妖怪人形のお土産に圧倒される。まさに商店街は「妖怪一色」なのである。しかも境線の合計16の駅名に、妖怪の愛称を命名するほどの念の入れようだ。 境港市が境駅と商店街を結ぶ目抜き通りをコミュニティーロードとして整備に乗り出したのは、今から15年前の1992年度(平成4年度)。60年代半ば〜70年代半ばをピークに大型小売店の進出などで売上げの減少と相次ぐ閉店に危機感を募らせたためである。この対策として5ヵ年計画で総事業費4億4,000万円を投じて、思い切った商店街の見直しに着手。計画の目玉となったのは境港市出身の「ゲゲゲの鬼太郎」で知られる漫画家、水木しげるの描く妖怪たちである。ねずみ男、目玉おやじなど何とも愛くるしい妖怪たちのブロンズ製オブジェ、モニュメントや絵タイルを街のそこかしこに配置して、市民のための親しみのある快適な道に整備した。 工夫凝らしたイベントで苦境脱出![]() 水木しげる記念館 ところがいざロードが完成するとテレビや新聞・雑誌が大きく取り上げたため、全国から「妖怪ファン」が押し寄せ、予想外のにぎわいをみせたのだ。03年、水木しげる記念館開館時のピーク時には年間85万人の観光客を数えるほどの人気ぶりだったのである。だが、開館ブームに沸いた翌年04年度には78万人と大幅に減少した。全国的に知名度の高まった商店街とはいえ、ブームが去るのも早い。そして、同年に境港商工会議所前副会頭桝田知身氏が「水木しげる記念館」の館長と境港市観光協会会長に就任した。 100万人の大台目指す今年の集客数同会長の再生策は矢継ぎ早だった。境港妖怪ジャズフェスティバルに続き、妖怪そっくりコンテストなど、数々のイベントを企画開催。中でも鬼太郎ブームの再来を象徴するように、04年末、1体100万円で妖怪ブロンズ像を全国公募したところ、申し込みが殺到。1年間で29の応募が集まった。県外のスポンサーが全体の約6割を占め人気を集めたのである。同07年には「妖怪街灯」43基の公募を行い、半月で「完売」させた。商店街を訪れたお客の数も、05年度に約85万5,000人と新記録を塗り替え、06年度に約92万人に増加するなど、回復ぶりには目を見張るものがある。「07年度は入り込み客数を100万人の大台に乗せたい」と、桝田会長の鼻息も荒い。 鳥取県境港市 水木しげるロード周辺商店街の概要
|