2007年1月11日|弁護士 人見勝行
企業の負う安全配慮義務
安全配慮義務とは、一般的には、一定の法律関係に基づいて、相手方の生命及び身体の安全に配慮すべきであるといえるだけの密接な関係にある当事者間において、当該法律関係の付随義務として、当事者の一方又は双方が相手方に対し、信義則上負う義務のことをいいます。この安全配慮義務は、法律上の明確な規定に基づくものではありませんが、民法の基本原理である信義誠実の原則( 民法第1条2項)に基づくものとして、広く認知されています。例えば、雇用契約が存在する場合、労働者は、使用者の指揮及び命令に従うことが前提でありますから、使用者が配慮を欠いた場合には、労働者の生命及び身体の安全が危険にさらされてしまいます。そのため、使用者は、労働者の生命及び身体の安全を保護するために、安全配慮義務を負うことになるのです。
実際、従前は、安全配慮義務が問題となる事例の大半は、雇用関係の存するものでした。しかしながら、社会関係が複雑になるに従って、安全配慮義務が認められる範囲も、順次、拡大してきました。すなわち、一方当事者の生命及び身体の安全が他方当事者の配慮に依存する関係のある場合には、後者において、前者に対する安全配慮義務を負うことになるのです。
例えば、企業が販促会やイベント等を開催する場合には、開催場所に多くの一般の方が足を運ぶことになります。そして、多くの方が足を運んだ場合には、誰かが急病等で倒れる可能性のあることも、容易に想像できるところです。そして、問題は、開催場所で来客が意識障害等で倒れた場合に、主催者である企業の側が安全配慮義務を負うのか否かということです。
この点について、平成7年9月27日東京地方裁判所判決(判例時報1564号34頁)は、ホテルの宿泊者が酔余の上トイレで転倒し、脳挫傷により死亡したという事例において、ホテル側の安全配慮義務違反を認めました。事案の詳細は割愛致しますが、判決の理由中では、不測の事態の発生があり得ることを当然の前提として営業を行う以上、事故や病気により自分の意思を的確に伝えることができない状態に陥った場合には、生命や身体の危険を回避するために最も適切と考えられる措置を講ずる旨をホテル側に委ねる合意があるものとして、まず、安全配慮義務の存在を認めました。さらに、ホテルの従業員において、宿泊客が医療専門家による診察を必要とする状態にあると判断すべき状況にあったことを認めて、ホテル側の安全配慮義務違反を認めたのです。
なお、ここで重要である点は、従業員において「診察が必要であると判断した場合」ではなく、「診察が必要であると判断すべき状況にあったこと」であることです。すなわち、従業員の判断の内容は問われることなく、的確な判断を期待できる状況の有無に関して価値判断が行われることになるのです。
確かに、ホテルは、原則として宿泊を拒むことができず(旅館業法第5条)、誰でも何時、事故や病気で自己の意思を的確に他人に伝えることができない状態に陥るかは予測できませんから、不測の事態が発生することを当然の前提としなければならないのですが、例えば、イベントで誰でも参加可能であることを表明する場合には、やはり原則として来場を拒絶しないわけですから、当然、不測の事態が発生することを当然の前提としなければならないといえます。
従いまして、販促会やイベントを開催する場合には、急病人が現れることを当然の前提として現場の従業員に対する教育を行い、迅速に医療機関に連絡をできる体制を整えておくことが必要になります。
(2006年11月執筆)
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