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法律コラム


2006年6月 8日|弁護士 土谷喜輝

株の誤発注と錯誤無効の主張

弁護士 土谷喜輝

昨年12月、みずほ証券がジェイコム株に関し誤発注を行い400億円以上の損失を出しました。また、今年に入っても日興シティーグループ証券や大和証券SMBCが相次いで誤発注により損失を出すなどしています。このような問題については、各証券会社の管理体制や東京証券取引所のシステムの問題が取りざたされていますが、本稿では、このような誤発注について、一般原則である民法に基づき錯誤無効の主張ができないのかを検討してみます。

ジェイコム株誤発注事件の概要

みずほ証券は、2005年12月8日、新規上場されたジェイコム株について、「1株を61万円で売却」という顧客からの注文を「61万株を1円で売却」と誤って入力し、発注しました。すぐに誤りに気付いた担当者らが注文の取消しを行おうとしましたが、東証のシステム上の問題などもあり取消しができず、みずほ証券は買い戻しの注文を入れました。この買い戻しの際に、株価が上昇し、差額約100億円の損失が生じました。
また、みずほ証券は、全てを買い戻すことはできず、約10万株については売買が成立してしまいました。しかし、ジェイコムの発行済株式数は1万4500株しかなく、みずほ証券が全ての株券を買主に引き渡すことができない事態が予想されたため(注1)、結局、91万2000円をみずほ証券が買主に支払って強制決裁することになりました。みずほ証券は、これにより約300億円の損失を被りました。
みずほ証券の誤った売り注文に対し、大量の買い注文を出して利益を得た証券会社もあります。UBS証券グループが約120億円の利益を上げた他、大口の利益を得た証券会社の利益合計は約161億円と言われています。これに対し、他社のミスにつけ込んで利益を得ることは「美しくない」と金融相が発言するなど批判が高まり、利益を得た証券会社は、利益を返上するため基金に拠出すること、この拠出に関し、実質無税とすることなどが検討されています。

(注1)このようなことが生じるのは、株券がなくても株の売り注文(空売り)ができるという証券市場の特殊性によります。

証券取引の特殊性と民法の適用

批判を受けた証券会社が利益を自主的に返上しようとするのは、いかにも日本的な感じがしますが、そもそもこのような誤発注について、民法の錯誤無効を主張することはできないのでしょうか。
証券取引所における株取引であっても、「有価証券の売買」ですから、民法上の売買契約に該当し、錯誤などの民法総則規定も適用されるのが原則です。しかし、証券取引所での有価証券取引は、同時に大量の売買が行われるので、取引の円滑化や公正な価格形成のため私的自治は制約を受け、売買等に必要な事項は業務規程で定められることになります(証券取引法108条)。
東証の業務規程では、契約締結方法などが規定されており、本件のような立会時間内の売買は、個別競争売買とされています(業務規程10条1項、12条1項)。この中で個別競争売買の成立方法などは規定されていますが、誤発注であった場合の処理などは規定されておらず、また、民法の一般原則が排除されると明確に読み取れるような規定も存在しません。
したがって、証券取引所における株の売買であっても、民法が適用される余地はあると考えられます。

錯誤無効の適用

錯誤とは意思と表示に不一致がある場合であり、本件のようなものは、その典型だと考えられます。錯誤による意思表示は無効となるのが原則ですが、意思表示を行った者に重過失があれば、無効主張はできません(民法95条但書)。本件では、株数と価格を間違えており、システム上、警告が出ているのに無視して発注を行ったことをも考えると重過失があると考えられます。
錯誤について重過失があっても、相手方が錯誤について悪意である場合は無効主張を認めるべきというのが判例・通説です。本件でもUBS証券等は、誤発注であることを知って、そこにつけこんで利益を得ていると批判されているので、錯誤について知っていたと言えるかもしれません。
ただ、一般の取引と異なり、証券取引所における株の売買では、売主が誰かも分からないことから、買主も明確に錯誤を知っていたと言えるのかは問題になると思われます。また、証券会社の自己売買部門によっては、株価が安いと判断すると自動的に購入するシステムを組んでいるところもあると言われており、誤発注について悪意であると言えない場合もあり得ると考えられます。
錯誤無効が主張できれば、基金に拠出して利益を返上しなくとも、取引を無効とすれば済んだことになります。勿論、そうするとみずほ証券は、損失をカバーできるので、そのことに対する批判が生じるでしょう。しかし、これがもっと小さな証券会社であり、これだけの損失に耐えることができなかったらどうだったでしょうか。また、インターネットによる株取引がさかんになってきていることから、個人の誤発注も生じうるでしょう(証券会社を通じた発注であり適用場面は異なりますし、空売りの制限もあるので同じようなことは起きないでしょうが)。そのようなことも考えて、民法の一般原則の適用も検討しておくべきだろうと思います。

まとめ

本件をめぐっては、各証券会社の管理体制の強化や東証のシステムの改善、さらにはシステムを提供した会社の責任問題まで持ち上がっています。勿論、ハード・ソフトの両面から今回のようなミスが生じないようにすることは重要でしょう。しかし、最後は、人間が行う以上、ミスを完全に排除することは不可能です。コンピュータやインターネットを利用して、様々なことが今までより瞬時に簡単にできるようになってきている反面、ミスも起きやすくなっています。ミスをした場合にでも妥当な解決を図ろうと規定されているのが民法の錯誤無効であり、この適用の可否は検討に値すると思います。(注2)

 (注2)誤発注について強制的に取引を無効とする法制度の検討も始まっているようです。

(参考サイト)東証:定款等諸規則(業務規定)

(2006年2月執筆)

土谷喜輝
   ニューヨーク州法曹資格
   
主要著書
 『個人情報保護法Q&A』
  <部分執筆> (中央経済社 2001)
 『インターネットをめぐる米国判例・法律100選<改訂版>』
  <共著>(ジェトロ 2001)
 『ビジネスマンのためのインターネット法律事典』
  <部分執筆> (日経BP社 2001)
 『米国弁護士によるビジネスモデル特許事例詳説』(ジェトロ 2000)   等

このコンテンツは「法律情報メールマガジンLIMM」より提供されております
e-hoki.com LIMMにおける掲載時点(2006年2月28日掲載分)での執筆物であるため、その後の法改正等により、情報が古くなっている場合も、あり得ます。

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