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元気印中小企業


需要をキャッチし独自の加工法確立 [藤原電子工業]

藤原義春社長

藤原義春社長

会社名 (株)藤原電子工業
代表者 藤原義春社長
業種 プリント基板加工、ロボット開発業
所在地 大阪府八尾市南木の本2-52
電話 072-991-3927

不良率を要求の10分の1以下に

 藤原電子工業は電子部品を固定するプリント基板を、プレス機械と金型を使って打ち抜く基板加工を手がける。国内のプリント基板加工の仕事は海外へ移転する傾向にあり、ただ待っていても仕事は増えないのが現状だ。厳しい事業環境の中、藤原義春社長は「よそと違う仕事をする」ことにこだわり、活路を見いだしている。
 一般的なプリント基板は、ガラス繊維をエポキシなどの樹脂で固めてあるため、打ち抜くと断面が割れたり細かいホコリが出てしまう。一方、基板は自動車や精密機械などに搭載されることが増えており、品質への要求は厳しくなっている。藤原電子はこうした需要を敏感にキャッチして、金型の形状やプレス機械の使い方を工夫し高品質の加工方法を編み出すのが得意。金型の形状やプレス方法は秘密にして顧客にも公開していない。
 たとえば、自動車の盗難防止用電子キー「イモビライザー」に使う基板の加工は当初、ホコリの混入による打痕が発生し、メーカー要求の「不良発生率3%以下」を満たせないことがあった。そこで、藤原社長は金型に細工を施してホコリが混入しても打痕が残らない加工法を編み出した。不良率は要求の10分の1以下の0.3%まで飛躍的に向上、受注も次第に増加して現在はイモビライザー用基板加工のシェアを「ほぼ独占している」(藤原社長)。
 プリント基板のプレス加工の業界では長い間、ホコリの混入や断面のバリは「プレスだからしょうがない」と考えられていた。藤原電子はこうした業界の常識を覆す技術も開発している。通常、基板はプレス加工した後に断面に発生したバリを取り除くため、ルーターという機械で断面を削ってきれいに仕上げる。ただ、ルーター加工は工程が増え、加工時間も長いため生産効率が悪い。
 「バリが出ないプレス加工ができれば、よそと違う製品が作れる」と藤原社長はそう考えて、独自の加工法の開発に取り組んだ。そして、技術開発に5年を費やした結果、2006年にようやく確立したのが「SAF工法」だ。金型形状、プレス方法、メンテナンスにそれぞれ独自のノウハウがあるという同工法は、プレスした基板の断面が鋭利な刃物で切ったようにきれいに仕上がる。断面凹凸の精度は0.1ミリメートル以下で、ホコリも少ない。同工法は精密化・高性能化する電子基板業界のニーズをとらえ、大手自動車部品メーカーにも採用されるなど顧客の評価は高い。

脱下請けに向け布石

 07年には外注先の金型職人を社員として迎え入れ、自社で金型の製造とメンテナンスを始めた。これにより同社の08年9月期の売上高は前期比2倍の1億8000万円に拡大。直近の11年9月期は2億4000万円に伸びた。
 10年には海外進出も果たした。現在、プリント基板の需要の中心は台湾、韓国、中国にある。台湾に新設した工場ではメモリーカード用基板の加工を始めており、薄型テレビ向けなどの発光ダイオード(LED)照明基板の受注も狙っている。やがては海外の売上高が国内を上回る可能性もある。将来は国内で金型を設計・製造し、台湾で加工するという役割分担も視野に入っている。
 高付加価値の加工技術により同業他社に対する優位性を築いた藤原電子だが、プレス加工や金型製造はいずれも下請けの業務だ。藤原社長は「国内の基板業界は縮小傾向にあるため、いずれはプレス加工の仕事もなくなる」と将来に厳しい考えを持っている。そこで、準備を始めたのがロボット開発事業だ。
 藤原電子は09年、地域の異業種交流会が主催するロボットコンテストに参加したのをきっかけにロボット開発の専門人材を採用。同年に「システム開発部」も設置して、ロボット・産業機械開発の事業化に向けて動きだした。すでに、教育用のロボット開発キット、留守番ロボット、接客ロボットなどを開発しており販売も始めた。まだ利益が出る段階ではないが、藤原社長は「10-20年後にはプレス加工と同じくらいの売り上げにしたい」と話し、“脱下請け”に向けた中長期的な布石を打っている。


SAF工法の断面

SAF工法の断面


Onepoint

モノづくりの楽しさ伝える

 藤原電子は人材育成や地域貢献にも熱心だ。ロボコンも当初は社員教育のために始めたものが、事業化を目指すまでに発展した。台湾工場には地域の大学に留学していた台湾人を採用し、技術人材に育てて送り込んだ。異業種交流会や中小企業家同友会にも精力的に参加。同友会では八尾支部長を務め、八尾市の産業政策の検討にも協力した。子どもにモノづくりの楽しさを伝えようと、市内の小学生がデザインしたロボットを実際に製造してみせたこともある。


掲載日:2011年12月 7日

大阪府製造業

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