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元気印中小企業


ナレッジシステムでアルミ加工を高度化 [山本精工]

山本昌作副社長

山本昌作副社長

会社名 山本精工(株)
代表者 山本正範社長
業種 アルミ加工業
所在地 京都府宇治市大久保町成手1-30
電話 0774-41-2933

社員は知識労働に従事

 アルミ加工の試作品や多品種・単品製品が得意の山本精工。工場では人による作業を必要最小限に抑え、ほぼ無人状態で加工を行っている。一方で、オフィス内は加工プログラムの作成などに熱心に取り組む社員で活気に満ちている。この光景を山本昌作副社長は「知識労働へのシフト」と説明する。
 大量生産でコストを抑える従来のモノづくりとは一線を画す、このビジネスモデルの鍵を握るのがITを駆使した生産管理システムだ。今では受発注までも管理できるようにしたナレッジ(知識)システム「HILL TOP(ヒルトップ)」を用い、職人技の暗黙値を形式値(数値)に置き換えて加工の効率化や精度向上につなげている。
 開発のきっかけは、30年前にさかのぼる。家族で始めていた鉄工所に母親に懇願されて入社した山本副社長は、非効率な職人技に違和感を覚えた。例えば、金属を三角すいの形状に加工する場合、職人なら刃物台を微調整しながら削っていくが、山本副社長は「三平方の定理が分かればある程度まで削れる」と気づく。完成までの時間は職人の3分の1となり、そんな事例がいくつかあった。
 パソコンが普及していない1981年ごろからコンピューターと機械のオンライン化に着手した。職人それぞれに手法が異なる暗黙値を分析し、計算式に落とし込む作業を繰り返した。山本副社長はデジタル化を進めた当時を振り返り、「同じ山でも違う登りかたをしなければ(職人技を)追い抜けない」と表現する。他社が敬遠する特注品も二つ返事で引き受けることができる現在の強みの源は、着眼点と進化させ続けてきたナレッジシステムにある。
 しかし、同社が目指しているのは加工業を極めることではない。山本副社長は「脱部品加工、脱製造業、そして知識サービス業に転進していく」と言い切る。中小企業が自社で持たない企画立案や図面作成などの上流工程を担い、サポートすることを重要視する。そのためにも、加工は機械に任せて社員は知識労働に従事する必要がある。

中小企業の機械をプロデュース

 「サポーティングインダストリー」-。山本副社長が目指す会社像は、その言葉に凝縮されている。モノがあれば図面を起こすのはもちろん、顧客が描く構想などでも図面作成や設計、解析などを受け持ち、困りごとを解決する。顧客から試作製造まで要求されても、試作品づくりはそもそもお手の物だ。
 10年4月に設置した開発部では、すでに「サポーティングインダストリー」を体現しているという。具体的には食品選別機のプロデュースから量産前試作までを受け持ち、成果を上げた。このような事例を増やしていくことで、モノづくりを支える。
 また、開発部からは自社製品も生まれた。それが、対面式のコミュニケーションシステム「フレーム」だ。カメラやマイクで1ユニットを構成し、既存のテレビやモニターに接続できる。同社ではミーティングルームや現場などに15台設置済みで、遠隔地の顧客との仕事のやりとりなどで活用している。
 開発部の設置について山本副社長は08年9月のリーマン・ショック後に受注が冷え込み、「時間がふんだんにあるから攻め込んだ」と意図を明かす。事業環境は悪化していたが、社員からはいろいろな仕事のアイデアがあふれ出し、「決断が正しかった」(山本副社長)と展望が開けた。
 次の展開として同社は「地産地消」のビジネスに乗り出す。山本副社長は「国内で付加価値の高いプログラムを担えば、海外生産しても国内雇用は守れる」と現在、米国カリフォルニア州で工場を建設する借地を選定中だ。試作開発案件が多いというシリコンバレーでの需要開拓を狙い、2013年度にも初の海外生産を始める。海外との直接のやりとりも増加するため、社員の英語教育にも着手。仕事の後、自主的に社員がトレーニングしているほか、週に2日は外国人講師を招いて全社的に英語力向上に励んでいる。山本副社長は「1にも2にも人材」と、会社の屋台骨となる社員の成長に目を細めている。


社員はオフィスで知識労働に従事

社員はオフィスで知識労働に従事


Onepoint

楽しくなければ、仕事じゃない!

 山本副社長は自動車部品をメーンに加工していた家業の鉄工所に入社して数年間、ルーチンワークに辟易(へきえき)していたという。そのとき痛感した「楽しくなければ、仕事じゃない!」という思いが同社の原点にある。自動車部品の仕事を中止して、3年間仕事がなかった時期もある。そのような逆境の中、打開策として確立していったのがナレッジシステムだった。社員はみな、同社の生みの苦しみを知る。山本副社長の思いは社内で共有され、仕事の原動力となっている。


掲載日:2011年11月24日

京都府加工

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