本文とサイドメニューへジャンプするためのナビゲーションスキップです。

スタートアップガイド

J-Net21 中小企業ビジネス支援サイト

  • J-Net21とは
  • スタートアップガイド
中小機構
  • メルマガ登録
  • RSS一覧
  • お問い合わせ

HOME > 経営をよくする > 元気印中小企業

元気印中小企業


顧客満足度高めるDNAを海外でも展開 [茨城技研]

山形俊勝専務

山形俊勝専務

会社名 (株)茨城技研
代表者 堀二十男社長
業種 金属プレス加工業
所在地 茨城県北茨城市磯原町磯原1611-3
電話 0293-43-0193

“思い”を反映させた機械

 「プレス加工だけすれば終わりではない。その前後の工程も同じように大事だ」。創業の翌年から堀二十男社長の片腕として茨城技研を長く支えてきた山形俊勝専務はこう言う。
 茨城技研は1979年に大手電子部品メーカーの特定関連会社のプレス専門会社として創業。その後、顧客の幅を広げ、現在はスマートフォン(多機能携帯電話)、ABSブレーキ向けセンサーやバックモニター用部品などの自動車関連、ゲーム機向けなど、精密プレス部品の製造を手がけている。リーマン・ショックに襲われた2009年3月期こそ、売上高は前期を下回ったものの、その後3期連続で増益となり11年3月期は過去最高業績となった。
 好業績の背景には「材料供給から製品納入までが当社の技術」(山形専務)とする顧客満足度を高める同社のDNAがある。完成品の軽薄短小化に伴い、加工部品も小型・薄肉化が求められているが、プレス加工中にわずかな衝撃を与えるだけでクラックが発生してしまう。そこでプレス加工後、あるいはプレス加工済みの金属部品と絶縁体樹脂部品を一体化させるインサート成形後の洗浄工程や画像測定工程などにも神経をとがらせる。「極薄部品を加工するには自社の“思い”が完全に反映された機械が必要。メーンの工作機械を除き、周辺設備は自社開発している」(同)という徹底ぶりだ。

フィリピンで新展開

 だが、歴史的な円高で大手企業が工場を海外移転する傾向が加速しているのに加え、東日本大震災後、発注が海外企業に流れる傾向にあり、設備や技術力だけでは乗り越えられなくなってきた。山形専務は「今までは自社でできないと判断した加工は受注しなかったが、今後はそうもいかない」と気を引き締める。同社が加工できないと判断する内容を他社が受注している可能性もあることからだ。「失敗を恐れずに新しいことに挑戦していくしかない」(同)と、会社全体で意識レベルを変革している。
 その「挑戦」の一つがフィリピン現地法人の、マニラでの新工場建設だ。茨城技研は2004年にセブ島にグループ会社「セブYMテクノロジー」のセブ工場を建設し、プレス加工の工場で精密プレス加工を始めた。今年3月には同工場の第2工場としてスリット(切断)加工を始めている。12年1月にはマニラ近郊に新工場を稼働させる見通しで、金属プレス加工からインサート成型まで一貫加工体制を整える。
 ここに本社工場にある先端部品の加工ラインの一部を移設する。「今は世界中どこで製品加工してもあまり変わらないが、海外では最先端部品の加工をしていないと、海外の他企業と競争できない」(山形専務)と、今後もインサート成形などが必要な先端部品の加工については適宜新工場に移していく。
 もう一つの「挑戦」は、国内にとどまり特殊な製品を作っている大手メーカーに対するアプローチだ。フィリピン工場でプレス加工と組み立てを行い、完成部品を日本に持ってくる考えだ。「状況は刻々と変化しており、実現できるかどうかはわからない」(同)としつつも、この仕組みが確立すれば、日本国内の特殊製品を取り扱うメーカーからの受注が可能になる。素材を現地で調達し自社でスリット加工すれば、日本に逆輸入する場合も税に関しては大きな負担にはならない。
 これら二つに挑戦するなかで、現地に進出する日系企業からの新規受注を段階的に引き上げ、10年以内に総売り上げに対する海外売上比率を現行の約5%から50%に増やしたい考えだ。「海外に勢いよく進出しても新規受注は簡単でない。国内の工場も効率的に活用していく」(同)と国内工場は今後も維持していく。
 茨城技研は震災の影響が大きかったとしつつも、今期の売上高を前期比10.3%増の60億円と見込んでいる。「震災後、意図的に変えようとしているのが、社員一人ひとりのモノづくりに対する意識レベルの向上だ」と山形専務。会社が新たな挑戦を始めるように、社員の挑戦する気持ちを育成し、次の飛躍を目指している。


開発した周辺機械が並ぶインサート成形加工場

開発した周辺機械が並ぶインサート成形加工場


Onepoint

次代の社員に夢を持たせたい

 2004年にフィリピンのセブ島に工場を建設する前に、茨城技研は一つの大きな決断をしている。顧客から顧客の工場敷地内に来て仕事を続けるか、手を引くかを迫られ、仕事の継続を決意する。山形専務は「中小企業であっても次世代の社員に夢を持たせたかった」と話す。「夢があると社員の働き方も変わる。また、企業が引き継がれていく時に海外に工場がある方が営業戦略的にも良い」と判断したのだ。7年後、中小企業を取り巻く環境は良好とは言い難いが、海外工場を軸に新展開を見いだし始めている。


掲載日:2011年11月 2日

加工海外展開茨城県

最近の記事


このページの先頭へ