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こうして活用しよう 中小企業向けファンド


企業事例−IPO編−

日本エンタープライズ株式会社

劇的な進化を続けるモバイル市場で、自己変革を恐れず社会に「次なる感動」を与える企業を目指す

事業内容:携帯電話を中心とした移動端末等向けのコンテンツ企画・開発・運営
本社所在地:〒150-0002東京都渋谷区渋谷1-17-8 松岡渋谷ビル
URL:http://www.nihon-e.co.jp/index.html 設立年:1989年
株式公開年:2001年 市場名:大阪証券取引所ヘラクレス
株式公開年:2007年 市場名:東京証券取引所第二部
資本金(1998年5月末):18百万円 資本金(2009年5月末):595百万円
売上高(1998年5月期):62百万円 売上高(2009年5月期):2,475百万円
従業員数(1998年5月末):1人 従業員数(2009年5月末):133人
ファンド事業:ベンチャーファンド出資事業
同社に投資を行った出資先ファンド名(無限責任組合名):ヴィシー・クラブ・エス・エス・エム投資事業有限責任組合(齋藤篤、宮鍋健樹)

事業概要

成長・消費者嗜好の変化の著しいモバイル市場に対応したコンテンツ・ソリューション事業を展開

当社は、成長著しいモバイルコンテンツ市場において、携帯電話を中心とした様々なメディア向けに、音楽やゲーム、動画などのコンテンツの製作を行い、配信するコンテンツサービス事業と、販売促進や業務改善など携帯電話をビジネスに有効活用したいという企業に対して提案・開発・導入支援を行うソリューション事業を2本柱として展開している。
 なかでも、モバイルコンテンツサービス事業は、携帯情報端末の技術革新や消費者嗜好の変化の影響を受けやすく、コンテンツのライフサイクルはあまり長いとは言えないことから、常に次の一手を打つ必要があり、当社はこの点で新たな戦略を用意し、実行している。

低コスト化と高い利益率を確保する自社製作コンテンツの配信

当社のコンテンツサービス事業は、着うたフルサイト等の「音楽分野」、「ゲーム分野」、デコレーションメールサイト等の「メール・カスタム分野」の3つに大別される。特に、音楽分野においては、コンテンツホルダー(著作権を保有している個人や企業・団体)から仕入れて配信するという一般的なビジネスモデルに留まらない新たなビジネスモデルを構築している。
 具体的には、「@LOUNGE RECORDS」と称し、J-POPや洋楽の名曲をボサノバ、R&B、ブルースなどにカバーアレンジした音楽を自社製作し、配信するサービスを展開している。コンテンツホルダーに支払う権利使用料を削減できるため、低コストを実現し、一般的なビジネスモデルと比べ、高い利益率を確保することが可能となっている。さらに、J-POP のカバーアレンジの制作ノウハウを活かし、2007年8月には、モバイルコンテンツプロバイダー発の音楽レーベルとして、J-POP のカバーコンピレーションアルバムの販売を開始した。
 変化の激しいモバイルコンテンツの業界は、好調なコンテンツがあるだけでは、生き残ることは出来ない。今現在、好調なコンテンツが下降したときに、それを凌駕するぐらいの新しいコンテンツが立ち上がるような仕組みを構築しておくことが重要である。モバイルコンテンツ事業との相乗効果を狙った音楽レーベル事業もその一躍を担っている。

当社の差別化されたコンテンツサービス事業のビジネスモデル

当社の差別化されたコンテンツサービス事業のビジネスモデル
出所 日本エンタープライズ株式会社HP「IR情報」

創業からVCに出会うまでの経緯

最初の創業失敗から社業を通じて社会貢献を行いたいという強い企業理念を抱く

当社は1989年、代表取締役社長の植田勝典がパーソナルコンピューターのハードウェアの販売、ソフトウェアの開発・販売を目的として1人で立ち上げたところから始まった。しかし、思うように事業が進まなかったため、1年半ほどで転職活動を余儀なくされ、後に松下電器産業のグループ会社に入社することとなった。同社では、自動車電話やポケベルの営業担当となり、社長賞を2回も受賞するなど営業スキルを磨き、また松下幸之助氏の教えであり、植田の経営の指針ともなっている「己を捨てる心」を学んだ。
 その後、松下を退職し、創業の失敗や松下での経験を糧にして、1997年に休眠状態であった日本エンタープライズ株式会社の営業を再開し、携帯電話での情報提供を手がけるコンテンツサービスのプロバイダーとして再出発した。当初、天気予報や占い等の携帯電話の音声コンテンツサービスを提供したところ、予想を上回る売上をあげ、携帯電話へのコンテツ配信ビジネスの将来性を確信した。
 なお創業失敗の経験から、少しでも社業の発展を通じて社会の役に立ちたいという強い一念が根本にあり、創業初年度には経常利益のほぼ全額を日本赤十字社・各地社会福祉協議会・児童養護施設などに寄付した。社会貢献への意識は現在も強く残っており、寄付活動を続けている。
 創業より増収・増益を続けていた当社は、銀行からの借り入れもなく、自己資金のみで事業展開が可能であったが、将来上場を視野に入れた場合、大所高所からの助言が必要と感じ、2000年初めにVCとの付き合いを検討し始めた。
 後に投資を受けることになったヴィシー・クラブ・エス・エス・エム投資事業有限責任組合(以下「VCSSM」)の代表運営者である齋藤篤氏とは、野村證券を早期退職し、当社経営の中核に迎え入れた者からの紹介がきっかけであった。

VC等を活用した事業の拡大と成長

中国への海外展開を見据えたなかでの資金調達が実現

創業当初は、ネットバブルの最盛期であり、東京証券取引所マザーズが開設され、当社の競合企業が次々と上場を果たし、巨額の資金調達を実現していた。こうした状況下で、社会貢献企業として立ち上げた当社が生き残りを図るためには、近い将来の上場が不可欠であるとの思いを強くした。
 2000年3月には、VCSSMから20百万円の投資を受けられたほか、トヨタ自動車からも投資を受けることができた。当社は、自己資金による拡大再生産を図ることを基本としているものの、次の一手として中国への海外展開を控えているなかで、本投資は時機にかなった資金調達であったと言える。
 また、何よりも管理部門が手薄だった当社において、内部文書の整理も含め株式公開に係る助言を頂いた点が、当社の成長にとって大きなポイントとなったと考えている。

齋藤篤氏は良き企業経営の相談相手

2002年6月には中国北京市に現地法人「北京エンタープライズモバイルテクノロジー有限公司」を設立し、モバイルコンテンツサービス事業の中国市場への参入を開始した。中国は、現在でこそ、携帯電話の保有台数が5億台を超え、急速なモバイル市場の成長が続いており、また今後3G(第3世代携帯電話)時代も本格的に到来する予定であるなど有望なマーケットであるが、2002年の参入は競合他社に先んじた次の一手でもあった。2004年4月には、中国市場で着メロのダウンロードのトップに立つなど、営業ライセンスの取得など法規制の厳しい中国において一定の成果を出すことができた。
 齋藤篤氏は、中国マーケットへの参入等当社の新たな戦略を講じる際に、良き相談相手となってくれたほか、企業経営の道に係わる本質的な議論を行い、多くの助言を頂いた。

IPOによる経営効果と今後の展望

新規学卒者の応募数が増加、将来を担う有望な人材の獲得に繋がる

当社は、2001年2月に大阪証券取引所ヘラクレス市場に上場した。さらにより安定し、着実な成長を目指し、2007年7月に東京証券取引所第二部への市場変更を果たした。
 当社は、上場前からKDDIやNTTドコモなど国内大手通信会社が取引先であったため、上場効果による取引先の拡大等には、さほど大きな変化はなかったが、人材の採用には大きな影響があった。企業の成長のためには、新規学卒者を採用し、イチから人づくりを行っていくことが肝要だと考え、経験者だけではなく、新卒者の採用も実施している。上場後は、特に新卒者の応募者数が急激に増加した。採用コストは増大したものの、当社の将来を担う有望な人材の獲得に繋がっている。

ソリューション事業の拡大と海外市場への本格展開

今後は、モバイルコンテンツサービス事業に加えて、売上の半分を占めるまで成長している携帯電話を活用したビジネス展開等に係るソリューション事業において大型案件、新規案件の獲得に注力していく。
 また、海外展開では、中国マーケットの3G時代の到来という大きな商機を捉え、ライセンスを保有する数少ない日系コンテンツプロバイダーとしての優位性を最大限発揮していく。また、携帯電話の加入者数が月間1,000万台ペースで世界最速の増加をしているインド市場でもコンテンツ配信の可能性を探っていく。
 当社は、これからも社会に「次なる感動」を与える社会貢献企業としての企業理念を堅持しながらも、変化の著しいモバイルコンテンツ業界で、一歩先んじて自らを変えていく強みをさらに追求していく所存である。

代表者プロフィール

代表取締役社長 植田 勝典
代表取締役社長
植田 勝典
1962年生
1985年 大阪府立大学経済学部経営学科卒業
1985年 トヨタ自動車株式会社入社
1988年 トヨタ自動車株式会社退社
1989年 日本エンタープライズ株式会社 設立
1990年 松下電器産業株式会社(現・パナソニック株式会社)入社
1997年 松下電器産業株式会社(現・パナソニック株式会社)退社
1997年 日本エンタープライズ株式会社 営業開始
 代表取締役社長就任 現在に至る
将来の夢と起業家を志す方へのアドバイス

当社は、明確な経営理念があり、「少しでも多く、少しでも大きく社業を通じて社会のお役に立ちたい」という強い一念を持っている会社です。
 創業以来、黒字経営を継続し、磐石な財務体質を築いているのは、まさに、経営理念を明確にし、社業に反映しているからだと自負しております。
 これから起業を目指す方は、様々な思いや夢を抱いておられると思いますが、起業するに際し、しっかりとした理念や経営基本方針をもって取り組んでいただければ良いと思います。

ベンチャーキャピタルの声

エス・アイ・ピー(株) 取締役会長 齋藤 篤
エス・アイ・ピー(株)
取締役会長

齋藤 篤
同社に投資をするに至った判断のポイント

植田社長は、お父上の会社の経営危機に際し、トヨタ自動車(株)を退職して再建に努力されました。再建が軌道に乗った後は叔父上に会社を託し、経営者の道を求め松下電器産業(株)に就職。トヨタ、松下で学んだ「事業とは、利益を上げることにより社会の為になった証しである」という信念により、利益管理に厳しいセンスを持ち、「商人たる本分に徹する」を合言葉に社員指導をしている点に惹かれました。

VCの視点からみた同社の成功要因

「企業は利益を上げることが社会的存在意義である」という信念を社員に徹底し、指導していることです。また、経営環境の変化の中で常に高い収益を上げられる新市場、新商品、新サービスを求め、公開後にいち早く中国市場への進出により成長の軌道を獲得したことが挙げられます。

2009年度取材事例
掲載日:2009年12月 8日
この事例は取材した当時の内容をもとにとりまとめを行っているものです。 従いまして、現在の企業様の事業内容等と異なる場合がございますので、予めご了承くだいますようお願いいたします。

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