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事業継続マネジメント 地震や取引先の倒産など不測の事態を乗り切るため、事業の継続を図る経営(BCM)、その計画(BCP)、実際の事例を紹介します。


危機を克服した企業事例

第9回 活動の場を東南アジアに
[大川金型設計事務所]

中国、スリランカ出身の社員が技術習得に励む

中国、スリランカ出身の社員が技術習得に励む

まさかの会社清算

「まさにどん底に突き落とされた心境だった」。半導体や自動車、家電関連のプラスチック成形部品を生産する大川金型設計事務所の大川貞雄会長はそう振り返る。1986年に大川の妻の実家が営む鉄工所が倒産した。経営支援していた大川金型設計事務所もそのあおりを受けて自主精算に追い込まれたのだ。

大川金型設計事務所は63年に大阪府門真市で創業した。当時、関西で金型設計製作と成形加工の両部門を手掛ける会社は珍しかった。大川は大手家電メーカーと次々に新製品開発に取り組んだ。

大阪でまかなえない仕事は、故郷の大分県に子会社の大分大川金型設計事務所(大分県日出町現大川金型設計事務所)を設立して家電部品の生産をまかなった。技術者として脂がのった30―40代ころは、マレーシアやフィリピンなど発展する東南アジア諸国でプラスチック金型の技術指導の声がかかるなど絶頂期を迎えていた。それだけに50歳を目前にした会社精算はまさかの暗転だった。

単身マレーシアへ渡る

落胆する大川に一筋の光明が差したのは金融機関を訪問した際、支店長からかけられた一言だった。「これからは東南アジア諸国が成長する時代だ。持てる技術を生かして、海外で再起を図ってはどうか」と勧められたのだ。

再起を誓っていた心は大きく揺れた。東南アジアには活動拠点も、これまで培ってきた人脈も数多くある。「技術屋だからこそ、一花咲かせることもできる」と覚悟を決めた。それからの行動は早かった。大分大川金型設計事務所に活動拠点を移し、89年妻の満智子に社長業を譲ると、大川は単身マレーシアへ渡った。

現地ではプラスチック金型技術者育成に精力を注ぎ込んだ。技術者としての実績と人柄を知る同国や現地企業は、喜んで技術顧問という形で迎えてくれたという。

だが地元の大分では突然の社長交代に会社を去るものもいた。大分は会社精算を免れたとはいえ、売上高3億円程度、従業員30人からの再出発だ。家電部品を生産していたものの、今後の収益基盤を強化するには柱となる新事業を育てる必要があった。

そうした中受注に成功したのが、日本テキサス・インスツルメンツ(TI)日出工場(日出町)向け集積回路(IC)トレーの生産だ。73年に日本TI日出工場が操業する際、建設段階で大川が用地取得などを支援した縁から受注に結びついた。

手塩にかけた現地社員の成長

00年にICトレーの生産を開始、01年には現社名に変更した。ICトレーの安定供給が評価されたことで、米TIフィリピン工場(ベンケット州バギオ市)でも採用が決まった。それに伴い大川の活動の場もフィリピンへ移った。

フィリピンでは個人出資で現地法人を2社設立。大川が株主となり、手塩にかけて育てた現地技術者を幹部や代表に積極的に起用した。そのうちの1社は、現在大分で生産したICトレーの品質検査などを請け負わせるまでに成長している。

ICトレーの受注拡大を軸に徐々に売り上げを伸ばしてきた大川金型設計事務所。07年には自動車関連に参入。11年は半導体ウエハーの搬送などに使うステンレス製12インチリングと、プラスチック製8インチリングをそれぞれ発売した。ウエハーを保護する治具で、既存品より60―70%程度軽いため、搬送コスト削減につながる製品として国内外で普及拡大を狙う。12年10月期売上高は約5億円を見込む。

「技術に国境はない」と、生涯技術者を貫く大川は現在74歳。初めて外国の地を踏んで40年がたった。国内外で人脈を築き、育てた人材も世界中で活躍している。大川に代わって会社をもり立ててきた妻の満智子は「大川の技術や人脈をフル活用して、今後はこれまで投資してきた種を刈り取る時がようやく来た」と話す。「成長の軌跡を描くのはこれからだ」と、夫婦の挑戦に終わりはない。

企業データ
企業名 株式会社大川金型設計事務所
代表者 大川 満智子
所在地 大分県速見郡日出町大字大神32-2
業種 プラスチック成形品の製造、金型設計・製作
掲載日:2012年2月23日

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