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事業継続マネジメント 地震や取引先の倒産など不測の事態を乗り切るため、事業の継続を図る経営(BCM)、その計画(BCP)、実際の事例を紹介します。


危機を克服した企業事例

第6回 喪章を胸に10日で工場を再開
[アリーナ]

難航した社員の安否確認

「がんばろう相馬」の垂れ幕を掲げ、地域復興を誓う

「がんばろう相馬」の垂れ幕を掲げ、地域復興を誓う

「とにかく揺れが長かった」
 車載向けなどプリント基板の実装を手がけるアリーナの高山慎也社長は、本社から車で約30分離れた取引先に向かう車内で東日本大震災に遭った。過去にも大地震を経験したが、今回は揺れが長いことが気になった。会社に連絡しようとしたが、携帯電話、固定電話ともにつながらない。1時間半かかって会社に戻ると、社員は避難した後だった。
 翌日になって、海岸線から5km離れた社屋の200m手前まで津波が迫っていたことに気づいた。
 「普段から地震の心配をしてきたが、これほどの津波は想定しなかった」(高山社長)
 さらに、南に50km離れた東京電力福島第一原子力発電所で水素爆発が発生。海沿いや原発の南に自宅がある社員も多いため、安否確認が難航した。

1mも飛ばされた設備を精度を確認しながら元に戻す

こうした中、高山社長は地震から3日後の3月14日、「1週間後の22日に工場を稼働する」と宣言した。社員の生活を守るためにも、工場を迅速に復旧させなければならないと考えた。多くの社員には伝える方法がなかったため、市内の避難所に張り紙を出した。が、「出勤してください」とはあえて書かなかった。
 地震により、天井の崩落や窓ガラスの割れなど工場も大きな被害を受けた。生産設備は最大1m移動した。
 同社は高精細な実装技術が強み。稼働するには装置の位置を戻すだけでなく、精度を1台ずつチェックする必要があった。
 社員の大半が被災し作業時間が限られる中、県外の設備メーカーの応援を受けて復旧に取り組み、宣言通り22日に稼働した。高山社長は「本当に奇跡だった」と振り返る。当初は約6割の社員が出社してきた。
 ただ、約170人の社員のうち、3人が津波で命を落とした。2人は家族を助けに自宅に戻ったところで、1人は地域の消防団として避難誘導にあたる途中で被害にあった。「生産設備は直せばいいけれど、人は取り戻せない」と高山社長は肩を落とす。震災から49日間は作業着に喪章を着けて仕事をした。

社屋に「がんばろう」の垂れ幕

通常操業に戻った5月、社屋の前に「がんばろう相馬」と書かれた垂れ幕を掲げた。原発事故への不安が続く中、「自分たちが今できることに真剣に取り組むことこそ、地域の復興につながる」という思いを込めた。
 風評被害の影響もあり、9月時点の操業度は震災前の約7割で、「これからが勝負」(高山社長)という段階。社内では「震災に強い工場をつくる」を今年度の会社の目標に掲げ、全員で知恵を出し合っている。

企業データ
企業名 株式会社アリーナ
代表者 高橋 慎也
所在地 福島県相馬市石上字宝田69
業種 製造業(プリント基板部品実装、電子機器部品製造・組立)
掲載日:2011年10月12日

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