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事業継続マネジメント 地震や取引先の倒産など不測の事態を乗り切るため、事業の継続を図る経営(BCM)、その計画(BCP)、実際の事例を紹介します。


危機を克服した企業事例

第4回 社員の笑顔に救われ早期に復旧
[倉元製作所]

死を覚悟した

断熱材は社員が手作業で片付けた

断熱材は社員が手作業で片付けた

倉元製作所は液晶ガラス基板の切断、研磨、面取り加工を手がける。スマートフォン向け中小型液晶パネル関連の受注が上向いていた中で3月11日に東日本大震災は発生した。主力の若柳工場(宮城県栗原市)は約2カ月半の生産停止を余儀なくされた。鈴木聡社長は「震災がなければ良かったと思うこともあるが、現実は真摯に受け止め、前を向くしかない」と復興への決意を語る。

「死を覚悟するほどのすさまじい揺れだった」

若柳工場で勤務中だった柴田哲経営管理部長はこう振り返る。本社と若柳工場がある栗原市は震度7を観測。工場や事務所は天井や壁の崩落、生産設備の位置ずれ、地盤沈下が激しかった。

ただ、2008年に震度6強を観測した岩手・宮城内陸地震の経験が生きた。同工場で就業中だった約200人の社員は素早く避難し、人的被害は防げた。

自然と共存する社会づくりに貢献したい

鈴木社長が震災後すぐに考えたのは「社員の日常生活を取り戻すためにも、生産再開に全力投球すること」だった。3日後の14日から出勤可能な社員を集めて復旧作業を開始した。

工場内は天井から落ちた断熱材が散乱するなど目を覆いたくなるような状況だった。電気や水道の復旧は1週間以上遅れたため、社員は日中の限られた時間内で、手作業での片づけから始めた。建屋の損傷も激しかったが、建設業者がいち早く駆けつけ、復旧作業を手伝ってくれた。

同社の生産ラインには基板の破損や異物の発生を防ぐ清潔な環境と、20~30nm(nmは10-9m)の研磨精度が求められる。復旧を急ぎつつも、精度を確かめながら慎重に作業を進めた。

約1カ月後の4月7日にも本震に匹敵する余震が発生。稼働再開の目前まで進んでいたが復旧作業は振り出しに戻り、「さすがに心が折れそうになった」と鈴木社長。ただ、苦しい中でも社員に笑顔が多かったことが救いとなった。「うちの社員って本当にすごいな」と実感した。

5月上旬にはタッチパネル向けの成膜処理などを手がける花泉工場(岩手県一関市)を稼働、同月末には若柳工場を稼働した。生産再開を優先してきたため、いまでも事務所棟や食堂などは手つかずのままだ。鈴木社長は「社員には迷惑をかけているが、この機会にいままでより働きやすい環境をつくりたい」と再建の構想を練っている。

また鈴木社長は「自然と共存する社会づくりに貢献したい」という思いを強めている。2度の大地震を経験した地場企業として、災害に強い町づくりにプレーヤーとして参加するような新規事業を検討している。

企業データ
企業名 株式会社倉元製作所
代表者 鈴木 聡
所在地 宮城県栗原市若柳武鎗字花水前1-1
業種 製造業(液晶用ガラス基板の加工)
掲載日:2011年8月24日

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