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悠久散歩―史実にみるビジネスのヒント


戦国時代の「自由」に学ぶ

生き方の戦国時代、自らを引き上げる主家とは何か

動乱の戦国の世には、自らの環境条件を抜け出す自由さがあった。そして現在、私たちの主家たるものは、個人がもつ思想・価値観にある気がしてならない。

近代は職業選択の自由からはじまった!?

以前、放送大学のある教授が書いた「近代とは何か」との一文を読んだことがある。人生の針路に悩む高校生に対する文章だったが、曰く「近代とは職業選択が自由となったときからはじまった」と。何故このような大仰なテーマとなっているかは不明だが、なるほどと思った記憶がある。

少なくとも学生時代に習った近代とは明治以降だ。たしかにそれ以前は封建制の社会制度のなかで身分が決まっており、ざっくりといえば親の職業を世襲することが職業の選択であった。当然長男のみが世襲の対象となるわけで、冷や飯ぐらいの御家人の次男坊が家を飛び出し、市井の庶民たちにまじって浪人暮らしをはじめる、、、という状況は、たとえば藤沢周平作品のモチーフとなり、まさに職業選択の不自由さを感じさせる。

白土三平の劇画「カムイ伝」も、江戸期の身分制度、封建制度に拘泥する主人公たちの姿がストーリーの基調となっている。非人であったカムイ、農民の正助らが身分制度の束縛からの解放をめざし、戦い抜いていく。時代設定は江戸時代初期から中期というから、まさに幕権の威が頂点にあった頃だ。

ところが2006年のNHK大河ドラマとなった司馬遼太郎の「功名が辻」では、そうではない。
戦国の世を生き抜き土佐藩24万石の創業の人となった、山内一豊(伊右衛門)とその妻・千代の物語であるが、一豊自体は地味で凡庸。とうてい24万石の大名となる器ではない。それでは何故、出世をしたのか。それはよき主人(織田信長)に恵まれたからだという。

主家を自由に選ぶことによって山内一豊は土佐藩24万石の創業の人となった

主人を選ぶ自由があった戦国時代

『しかも、(織田信長の)異常なほどの膨張速度はどうだ。領土は月々増えている。だから伊右衛門のような者でも、とんとん拍子に禄高が増えていくのだ。「よい士たることの第一は、まず主家を選ぶことでござるよ」と(家来の)吉兵衛はいった』(功名が辻第1巻)

戦国期の前時代、室町時代や鎌倉時代、また徳川期といった社会の固定した時代では、人間は生まれた環境条件から容易に抜け出せない。ところが戦国時代は違った。主人を選ぶという自由をもっており、主人も有能な人材がいればどんな身分であろうと引き上げた。織田信長を支えた羽柴秀吉も、滝川一益も、一介の庶民であり、浪人であった。時代が不安定であったこその職業選択の自由といってもいいだろう。

さてさてひるがえって今のニッポン。終身雇用の時代は終焉し、能力主義の時代に突入したといわれている。フリーターと呼ばれる新しい雇用体系が求むと求めざるに関わりなく登場し、才能と根性と運とがあれば自分のやりたい職業をもって独立することも容易な世の中となった。

先の論になぞらえれば、武力の戦国時代ではないが、少なくとも生き方の戦国時代に突入していると思える。このときに自らを引き上げる主家たるものは何か。国か、会社か、家庭か?

ともすれば不安定さを感じさせる昨今の社会状況のなかで、個人のもつ思想・価値観こそが、自らを引き上げる主家たるものではないだろうか。そう、信長が武力をもって闊歩した時代とは異なり、個人のもつ、より良質な思想・価値観が評価される。些少なりともそんな時代がやってきている気がしてならない。


掲載日:2008年7月22日

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