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経営!一歩前へ!


日常のなかで決断のプロセスを学ぶ

決断力の敵は「私心」にあり!

かつての人気ドラマ「CHANGE」。木村拓哉演じる主人公が、一介の小学校教師からやむなく衆議院議員に立候補し当選。しかも支持率が下降する与党の総裁に担ぎ出されて、いきなり総理大臣になってしまう。シンデレラストーリーと呼ぶにはあまりにも唐突な展開だ。ただそれはそれでおもしろい。

自分を心配しはじめると決断力は鈍る

ドラマ中、"木村"総理が、国のダム建設によって魚の漁獲量が急激に減少した漁民に対して和解をするという歴史的な決断をするくだりがあるが、そこには国民と同じ視線でというカッコたる信念があった。周囲からは「官僚を敵にまわすことになる」「今後賠償金がかさみ、財政が悪化する」と止めがはいるのだが、"木村"総理は頓着しない。漁民との和解に、一点の曇りもなく臨むのである。

日本における危機管理の専門家・佐々淳行氏は、その著作のなかで『決断力の敵は「私心」』として次のように述べている。「決断力は自分の利益、自分の将来を心配しはじめたとたんに鈍るものなのだ」「事を臨んで私心を去り、本当に全体のため、目的達成のため、何をするのが正しいのか、効果的なのかという点に一念凝集して取り組むときに、見通しは冴えわたり、決断力は沸き起こる」「もし失敗したら、私はどうなるのだろうと自分のことを心配しはじめたとたんに、決断力は鈍る」

総理大臣の重みは、そのまま決断の重みにつながる。自身が決断することによって、一国の、ひいては1億2000万人の国民生活が左右される重みというのは、直面したものでなければわからないだろう。ただ佐々氏の弁を借りれば、"木村"総理は今後自分はどうなるのだろう......という逡巡がなかったがゆえに、歴史的な決断に踏み切れたのであろう。

ビジネスにおいても、私心なき決断が必要なこともいうまでもない

大切な"決断の見取り稽古"

前後して佐々氏は、日常のなかで決断のプロセスを学ぶ大切さを語っている。氏はこのことを "決断の見取り稽古"と呼んでいる。たとえば、ナポレオンは若いとき、『プルターク英雄伝』を愛読した。そして古代の英傑たちが決断の時を迫られたときに、本を閉じ、自分ならどうするかと深く考え、自分なりに結論を出したあとに読み進めたという。

佐々氏は語る。日常の勤務を通じて、上司、同僚が決断するために脂汗をかいて悩んでいるときに、あるいは『プルターク英雄伝』を読むナポレオンのように小説・映画・演劇など架空の物語であっても主人公が決断を迫られるとき、自分も一緒になって考えるという習慣を身につけたい、と。

つまり責任の重い決定権者・命令権者が苦悩するさまを、自分は関係ないと傍観しているのではなく、つねに自分ならこうするとの自分なりの結論を出す訓練、「決断の見取り稽古」をして修業するとよいというのだ。そうすればイザ自らが事を処すときに、より早くより深い決断ができるようになるという。

「決断を下す能力こそが族長となる」

いま時代はめまぐるしく動いている。経済ひとつをみても、その栄枯盛衰は驚くほど早く、激しい。まさに熾烈な生存競争のまっただなかにある。アメリカのある経済学者は、めまぐるしく動く時代、競争を分析し、警句を発している。

「昨日うまく機能したものが、明日もまたうまく機能するという保証はまったくない。もっとも重要な問題は、自分自身を作り変え続けることができるか、ということであろう」
 「常識というものは、往々にして、時代の流れとともに変わるものだ。これは、どんな組織でも同じだ。いつまでも同じ考えでは、現実に合わなくなることがある」

まさにそのとき、企業のリーダー、ビジネスのリーダーが私心なく変革の決断を下すことができるかどうか。佐々氏は、古代ローマで覇権を争った遊牧民フン族の長・アッティラ大王の言葉を紹介している。最後に記しておきたい。

「むずかしい決断を下す能力があるかないか。これこそが族長と部下を分けるものである」

【参考文献】
「平時の指揮官 有事の指揮官 あなたは部下に見られている 」佐々淳行/文春文庫


掲載日:2010年6月21日

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