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経営!一歩前へ!


古いものを顧みる余裕

古い地層から湧き出る泉の新しさ

文明開化と富国強兵に貢献する一方で、古き良き身分制度は保持したほうがよいと考えた福沢諭吉。『福沢諭吉の日本皇室論』(島津書房刊)の現代語訳を手がけたフリージャーナリスト・池田一貴氏が、諭吉の真意を解説する。

すべての身分を廃止すべきだとは考えなかった

一万円札の顔、福沢諭吉を知らない人はいないでしょう。日本人の顔としては現在、世界で一番よく知られている顔かもしれません。円は世界で流通していますからね。では、福沢諭吉とはどんな考え方の人だったのでしょう? 皆さん、ご存じですか?

「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」という『学問のすゝめ』の言葉を知っている人は多いと思います。これは、人間は生まれながらにして平等だ、という思想ですね。

晩年の『福翁自伝』には「門閥制度は親の敵(かたき)でござる」という言葉もあります。諭吉の父親は学問に秀でていたのに、武士として身分が低かったため、その能力を活かす仕事に就けなかったことを、親思いの諭吉は悔しがったのです。能力を無視し、生まれながらに仕事を縛る身分制度というものに反発したのです。

でも、だからといって諭吉は、すべての身分を廃止すべきだと考えたわけではありません。福沢諭吉に限らず、日本の近代化を推進した先覚者たちは、ひとつの原理で物事を律するほど単純ではありませんでした。

文明開化、古き良き身分制度の保持――複眼的な思考方法

諭吉は西洋文明を紹介することで日本の近代化に多大な貢献をした第一人者です。幕末に諭吉が書いた『西洋事情』は徳川慶喜から坂本龍馬、西郷隆盛にまで影響を与えました。日本が開国して封建社会から近代社会へと脱皮し、誰でも能力に応じた仕事と地位が得られる社会となるようリードしたのです。

しかし維新後、諭吉は求められても官途に就かず、民間にとどまって人材の育成に励み、科学にもとづく教科書を執筆し、新聞を発行して言論で社会を先導し、日本に生産・流通・金融を解明する経済学を導入し、また企業会計に不可欠の複式簿記まで導入して、民間活力を大きく引き上げ、文明開化と富国強兵に貢献しました。

ところが、その一方で、古き良き身分制度は残したほうがよいとも考えていました。これは、いわば複眼的思考です。

その複眼的思考の一方の柱が『学問のすゝめ』や『文明論之概略』であり、他方が『帝室論』や『尊王論』です。後者の2著は最近、現代語訳されて『福沢諭吉の日本皇室論─現代語訳』という本に収められています。

これを読むと、諭吉は日本には天皇と皇室が絶対に必要だと考えていたことがわかります。それに付随して「皇室の藩屏(はんぺい:まがき、ガード)」たる華族階級の存在も認めていました。

つまり諭吉は、単純な平等主義者ではなく、古い身分制度の必要性も認めていたのです。たんなる合理主義者ではなかったんですね。また剣術の腕では、明治最高の実力者だったと武道家たちから称賛されています。

国家の独立を維持するには皇室の存在が不可欠

日本は古代から、外国の新しい文化・宗教・制度などを輸入してきましたが、その一方で古い文化・宗教・制度も残してきました。明治維新でもそうです。怒濤のように押し寄せる近代西洋文明を受け入れる一方で、日本古来の文化や制度も残しました。

『日本皇室論』のなかで、諭吉はそういう日本独自の文化を消滅させてはならない、皇室が率先してそれらを庇護すべきだ、と主張しています。古いものを弊履のように捨て去ろうとする人々が多かった当時、西洋文明の紹介者である当の諭吉が、逆にそれら古い文化の保存を主張したのです。ここに諭吉の懐の深さと先見の明があります。

諭吉は、日本が西洋列強の植民地にされず独立を維持するためには、国民の自尊自立と皇室の存在が不可欠だと考えました。

選挙で大統領を決める共和制の国にはつねに国論二分と国家分裂の危険性が潜んでいますが、立憲君主制で左右の国論を超越した皇室が存在する日本は、分裂・弱体化を回避するシステムが働くと考えたのです。酷薄な政治に直接関与しない皇室の存在が、砂漠のオアシスのように国民を救い、国家の一体性と独立を保つというのです。それはアイデンティティの砦といってもよいでしょう。

存立の基盤はどんな企業でも古い地層の中にある

明治維新後、日本が新しい文明を次々と取り入れたのに似て、企業はつねに新しさを求めています。技術革新、新製品開発、新規市場開拓など「新しさ」は宿命のように企業を追い立てます。

しかし一方で、企業には独自の社風、創立以来の企業文化というものがあります。時にはそれが「古さ」と映ることもあるでしょうが、企業存立の基盤はどんな企業でも古い地層の中にあります。古い地層から湧き出る泉を涸らさないことが大切です。固有の泉が涸れれば、企業の独立と存続も意味を失うかもしれません。

新しさが求められるときこそ、古いものを顧みる余裕がほしいものです。

古い価値観に反逆し、つねに新しい小説を書いてきた永遠のベストセラー作家・太宰治は、戦後次のようなエッセーを書きました。

「日本は無条件降伏をした。私はただ、恥ずかしかった。ものも言えないくらいに恥ずかしかった。天皇の悪口を言うものが激増して来た。しかし、そうなってみると私は、これまでどんなに深く天皇を愛して来たのかを知った。私は、保守派を友人たちに宣言した」(「苦悩の年鑑」)

別のエッセーではこうも言います。

「真に勇気ある自由思想家なら、今こそ何をおいても叫ばなければならぬ事がある。天皇陛下万歳!この叫びだ」(「十五年間」)

太宰治は、福沢諭吉の日本皇室論を読んでいたに違いありません。そして日本の敗戦・占領という未曾有の事態にさいして、皇室の存在価値を再認識したのでしょう。彼の内部で、古い泉は涸れていなかったのです。

『福沢諭吉の日本皇室論』を読むとき「国家」を「企業」と読み替えてみれば、新しい発見があるかもしれませんね。


掲載日:2010年6月 7日

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