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経営!一歩前へ!


武士道がもたらした「日本の道徳観念」

「名誉」とは追い求め続ける目標 新渡戸稲造『武士道』から学ぶ

旧5000円札の肖像、新渡戸稲造(1862-1933)。国際連盟の事務次長、知的協力委員会(現ユネスコ)の世話役などを歴任し、国際社会に貢献した人物として評価されている日本を代表する真の国際人のひとりだ。彼の忘れてはいけない功績が、武士道の精神を世界に紹介したこと。その著書『武士道』によって、世界各国の人々が、「武士」「サムライ」とはどのようなものかを認識した。

新渡戸稲造と『武士道』

武士道――それは、成文化された教えではない。有名な武士が格言というカタチで示すなど、口伝で継承されてきた。武士道は、武士の行動に大きな拘束力をもち、生活すべて、生きることすべてに影響をあたえてきた。それはやがてひとつの「道徳」となっていった。

『武士道』は、1898年に新渡戸稲造が滞在中の米国フィラデルフィアにて英文で執筆し、1900年に刊行された。後にセオドア・ルーズベルト米国大統領も60冊買って知人に配ったというほどベストセラーとなった本である。
さて、なぜ新渡戸は『武士道』を執筆したのか?

その理由を語るあるエピソードがある。1889年、ベルギーの法学者・ラヴレー教授の家で歓待を受けていたときに宗教の話題になった。新渡戸から「日本には宗教教育がない」ということを聞いて驚いた教授が「宗教なしでどうやって道徳を授けることができるのか?」と不思議に思って質問した。当時の日本人が極めて道徳的であり、どのようにそれを身につけたのかと思ったようだ。

その質問に対して新渡戸は愕然とし、即答できなかった。その後、彼は現代日本(現在から見たら近代日本)の道徳観念は、封建制度と武士道がその根幹をなしていることに気づき、整理したものを本にした。それが著書『武士道』である。

「われ太平洋の橋とならん」という言葉が有名な国際人。やがて太平洋戦争へ突き進もうとする日本と米国の架け橋として活躍したが、晩年は失意の日々を送った。写真提供:盛岡市先人記念館

「知行合一」の重要性

新渡戸は幕末に、盛岡藩士新渡戸十次郎の三男として生まれる。藩士の子として自らが受けた教育が『武士道』のもとになっていると考えられる。武士道の源は、「仏教・神道・儒教」の“三つの魂”であるが、江戸時代中期に浸透した王陽明の思想、陽明学の「知行合一」が直接的な影響を及ぼした。

彼は武士道における「知行合一」の重要性を強調している。「知」ることは「行」動のもとであり、「行」動は「知」ることの発現である。つまり知識は行動するためのものであり、知識のための知識は軽視される。当然「論語読みの論語知らず」をあざけるのだ。わざわざ語っているところからすると、当時も頭でっかちの知識人が少なからずいたということだろう。

現代においては、本を読み漁り、インターネットで情報を集め、各種メディアによって大量の情報を毎日浴びることができる。知識人になることは、当時とは比べものにならないくらい容易なことだ。しかし行動へと結びつかない知識など、武士道の精神では意味をもたない。新渡戸は『武士道』のなかで次のように表現している。

「知識はそれ自体を目的として求むべきではなく、叡智獲得の手段として求むべきである」

武士がもっとも重んじた「名誉」

新渡戸は「名誉という感覚は個人の尊厳と鮮やかな価値の意識を含んでいる」とし、「幼児のころから教え込まれるサムライの特色をなすもの」と書いている。武士道では、「名誉」がどんなものかを考えれば、人間としての尊厳や価値が明らかになる。

武士は生まれながらにして「名誉」を自覚していた。「名誉」は最高の善であった。若者が追求しなければならない目標は、富や知識ではなく、名誉であった。彼は次のように書いている。

「多くの若者はわが家の敷居を越えるとき、世に出て名を成すまでは二度とこれをまたがない、と自分自身に誓ったものである。またわが息子に大きな望みを託した多くの母親は、息子たちが“錦を飾る”という言葉どおりに故郷に帰るまでは彼らと再会することを拒んだ」

サムライの息子は、「名誉」のために、貧困、肉体的または精神的苦痛という試練に耐えたのだ。「名誉」は損得勘定なく、“自らのなかで”追い求め続ける目標なのだ。ゆえに世間の評判を気にするような「名誉」は本当の名誉ではない。現代において、「名誉」という言葉はリアルには使われることがほとんどないように思うが、我々は何を目標に試練に耐えているのだろうか。

『武士道』新渡戸稲造著、奈良本辰也訳 三笠書房/495円(税別)。日本語訳のほかポーランド、ドイツ、ノルウェー、スペイン、ロシア、イタリアなどの言語に翻訳されベストセラーになった

日本人の忠義とは

サムライの社会は縦社会。主君や上位者の命令、彼らへ忠義は“絶対”である。しかしそのような組織は外見的には強固でも、主君や上位者が誤りを犯した場合は総崩れになり、もろいのだ。現代でも、ワンマン社長の会社の存亡史から同じことが見受けられる。

武士道では、「諫言」の必要性が説かれている。君主が道から外れたら、たとえ首をはねられることになろうともそれを諌めなければならない。

最近のニュースでは、損得勘定のために不正や罪を犯してしまう会社やワンマン社長の事件が目についた。つねに「死」を覚悟し、「正しく生きること」を美徳とするサムライの精神があれば、防げることかもしれないと筆者は思った。

物質的に繁栄し、文明生活を謳歌している現代の日本人だが、それと引き換えに無くしてしまったものもあるのではないだろうか? それが武士道かもしれない・・・・・・。日本人よ、サムライの精神を忘れることなかれ!


掲載日:2009年4月27日

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