事業承継・引継ぎはいま

少子高齢化の進展で中小企業の後継者不足が深刻だ。放置すれば廃業が急増して雇用が失われ、地域経済や産業のサプライチェーンが崩壊してしまう。
一方で、自分の会社が事業承継の必要な局面にあることに気付いていない経営者も少なくない。他社はいつ、どのように事業を引き継いだのか、事業承継を経験した企業を連載で紹介する。自社の取り組みの参考にしてほしい。

第6回:商号、雇用、取引先継続しスピード承継【株式会社ぎぼ酒店】

目次

宜保さん(左)と大岩さん(店の倉庫で)

宜保さん(左)と大岩さん(店の倉庫で)

モノレールの「首里駅」からタクシーに乗った。住所と地図をプリントした紙をみせて「ここへ行ってください。ぎぼ酒店」と言うと、運転手は「ああ、ぎぼさんね。よく知ってます」と笑顔をみせた。モノレール延伸工事の橋げたが建ち並ぶ幹線道路沿いに今年で開業37年目を迎えるその店はあった。商号、雇用、取引先はそのままに第三者への事業承継(M&A)でスムーズな事業承継を成功させた酒屋さんである。

1枚のチラシから

宜保安良さん

宜保安良さん

間口は2間ほど、奥行きの広い店内には泡盛、焼酎、ウィスキーなど酒呑み垂涎のボトルがずらり。電話で発注を受けた従業員がビールのケースを抱えて次々と近隣の飲食店へ配達に出ていく。駐車場脇の倉庫には在庫がぎっしりと積まれている。

小さな雑貨店を営んでいた母から店を譲り受け、長男の宜保安良さんが「ぎぼ酒店」を開業したのは1982年のこと。以来、個人事業主として早朝から深夜まで休みなしで働き、約200社の取引先と5人の従業員を抱える年商2億円の酒屋に育て上げた。

71歳の宜保さんの楽しみは毎晩行きつけの居酒屋で泡盛を飲むこと。だが、10年前に脳出血で倒れてしまう。4カ月の入院の後、近所の病院に転院してリハビリの傍ら店の経営を続けていたが「左半身が麻痺して、なかなか良くならない。ほかの病気を併発して体力も落ちてきて」と話す。親戚は近所にいるが、独身で子供もいない一人住まいだ。4~5年前から誰かいい人がいたら、店を引き継ごうと思い始めた。

そんな宜保さんのもとへ昨年7月、1通の封書が郵送されてきた。差出人は沖縄県事業引継ぎセンター、中には「事業引継ぎ相談のご案内」と書かれたチラシが入っていた。

それがきっかけになった。宜保さんは那覇商工会議所内の同センターに足を運び、応対した安里辰弥統括責任者補佐に現状を訴え「どこか良いところをみつけてほしい」と事業譲渡の相手探しを依頼した。折り良く、それは毎年7月に開かれる事業引継ぎコーディネーターと金融機関との定例会議の直前だった。

2カ月でゴーサイン

大岩健太郎さん

大岩健太郎さん

安里補佐はさっそく同会議に匿名で売り情報を提示した。「地域の酒屋さんだが、店主の体調が思わしくない。どこかないですか」。すると沖縄銀行西原支店の前田晋支店長が「ありますよ」と手を挙げた。

支店の取引先企業に酒の卸売りを営む南島(なんとう)酒販株式会社があった。西原町で酒類の卸販売を展開する年商89億円の中堅企業である。「情報を伝えたら興味があると返事をいただいて。ほぼ2ヵ月後の9月末にはゴーサインが来ました」と前田支店長。

話を持ちかけられた南島酒販の大岩健太郎代表取締役社長(37歳)は「いいタイミングでいい案件があればM&Aを考えたいと思っていた。渡りに船でした」と話す。実父から事業を引き継いだ大岩さんは「以前から小売部門がほしいと思っていた。うちのような卸業は、間に酒販店が入るので飲食店さんとの距離が遠い。こちらがお勧めしたい商品や売りたい商品があっても、酒屋さんが嫌だというとそれで終わってしまう。逆に飲食店が商品をほしいと思っても酒屋さんに在庫がないと届かない。ぎぼ酒店のような地域密着型の酒販店をグループ化できれば消費者のニーズをより直接的にとらえることができ、本業である卸部門へのシナジー効果が大きい」と考えていた。ぎぼ酒店が培ってきた商圏は魅力的だ。販路が拡大し売上も増える。

一方、譲渡先が南島酒販と聞いた宜保さんは諸手を挙げて歓迎した。大岩さんの実父で10年前に亡くなった南島酒販の先代社長と知己の間柄だったからだ。「いろいろ相談できる仕事の大事な先輩でした。ぜひ南島さんに譲りたい」と宜保さん。大岩さんも「父が仲良くさせていただいたのがゴーサインの決め手になった」と振り返る。

従業員を会社員に

譲渡の経緯を語り合う

譲渡の経緯を語り合う

承継でネックになったのは、ぎぼ酒店が個人事業という点だった。「法人化して株式譲渡という形を取ったほうが酒類販売の資格を取るうえでもスムーズ」という専門家のアドバイスで、まず「株式会社ぎぼ酒店」を今年1月に法人化し、春に酒類販売業免許を取得した。従業員はいったん法人化したぎぼ酒店の社員になり、その株式を5月末に南島酒販が買い取った。株式会社ぎぼ酒店の代表者は宜保さんから大岩さんに変わり、同時に譲渡契約を交わした。相談開始から成約までわずか10カ月のスピード承継だった。

譲渡交渉で宜保さんが出した最大の条件は「従業員の雇用を守りたい」だった。「従業員5人のうちひとりは10年、ふたりは20年勤続です。中学を卒業後、高校を中退して来た者もいる。もう家族同然ですからそう簡単には切れない」と宜保さん。

大岩さんは「人手不足のいま、経験豊富な従業員がいるのはメリット」と快諾し、福利厚生をもっと充実させたいと、従業員全員を未加入だった社会保険に加入させた。「おそらく今年度は赤字になるだろうが、残業代や有給休暇取得などを徐々に整えていきたい」と語る。

個人商店のときは定休日なしで、宜保さんによれば「得意先から朝5時に電話が来ることもあった」という。大岩さんは「酒屋は得意先へのサービスを始めるときりがないけど、いまは残業代や休日をきちっとしないとどの酒屋も従業員が集まらない。長時間労働に慣れてきた従業員の意識改革も必要」と前を見ている。会社員になったぎぼ酒店の従業員たちも「給料も上がったし、ハッピーです」とうれしそうだ。

譲渡金額は破格の安価だった。「のれん代とか在庫分など全部ひっくるめて1000万円」という宜保さんの提案に大岩さんは戸惑った。「正しい金額がいくらかはわからないが、年商2億円の個人商店ですからね」と安里補佐。37年間で培った地域との関係は一朝一夕には築けない。仲介した銀行への手数料を勘案しても安い買い物であることは確かだろう。ぎぼ酒店は建物1階の一部が店舗でそれ以外は宜保さんの自宅なので、大岩さんは宜保さんを大家さんとして店舗部分の家賃を支払うことにした。

ワーストワン脱却を目指して

前田晋支店長

前田晋支店長

沖縄県は中小企業の後継者不在率が全国で最も高い。帝国データバンクの全国後継者不在企業動向調査によれば2017年は84.3%、2018年は改善したものの83.5%で依然として全国ワーストワンだ。戦後の混乱期に創業した企業が多く高齢の経営者が少なくないうえ、離島が多いなど地域的な事情もある。

取引先数が先細りになってはと地元の金融機関はここ数年、事業承継に力を注いできた。いち早く取り組んだのが沖縄銀行で、同行の支店長は全員、一般社団法人金融財政事情研究会が認定する事業承継・M&Aエキスパート資格の上級認定資格「M&Aシニアエキスパート」を有している。取引先の相談に専門知識を活かして接するためだ。だから「今回の案件が決まったときはうれしかった。銀行員冥利に尽きます」と前田支店長は笑顔を隠さない。

沖縄事業引継ぎセンターの安里補佐は「今回のようにトントン拍子で承継が決まるのはレアケース。長い場合は数年かかることもある。みすみす廃業を待つのではなくまずは相談してほしい」と話している。

●企業データ●

本社:沖縄県那覇市首里石嶺町2-2-1
電話:098(885)0787
代表取締役社長:大岩健太郎氏
創業:1982年7月
設立:2019年1月
従業員数:5人