事業承継・引継ぎはいま

少子高齢化の進展で中小企業の後継者不足が深刻だ。放置すれば廃業が急増して雇用が失われ、地域経済や産業のサプライチェーンが崩壊してしまう。
一方で、自分の会社が事業承継の必要な局面にあることに気付いていない経営者も少なくない。他社はいつ、どのように事業を引き継いだのか、事業承継を経験した企業を連載で紹介する。自社の取り組みの参考にしてほしい。

第5回:10年計画で後継者を人選・育成【株式会社中農製作所】

目次

西島社長(左)と中農会長

西島社長(左)と中農会長

自動車や半導体製造装置、産業用ロボットなどの部品加工を手がける株式会社中農製作所(大阪府東大阪市)の中農(なかの)康久会長は、社長だった50歳の時に「事業承継には10年間は必要」と考え、長期間にわたる事業承継作業をスタートさせた。「会社の成長を担ってくれる可能性」を判断基準に慎重に人選した結果、自分の息子よりも若い従業員への承継を選択。2013年5月に現社長の西島大輔氏にバトンを託した。

入社8年目の従業員を抜擢

中農会長

中農会長

東大阪市は約6000社の中小製造業が集積し、日本でも有数の「モノづくりのまち」として知られる。中農会長の父・茂氏がこの地でミシン部品製造を始めたのは1949年。中農会長は大学を卒業後に入社した。「高校3年の時に承継する意思を伝えたため、父は喉から手が出るほど待っていた」と振り返る。42歳になった89年に2代目の社長に就任した。

それから8年目と早い段階で事業承継を考えたのは、社長就任当時に経営者として未熟さを痛感したためだ。「職人気質の父から加工・生産技術を徹底的に学んだ。しかし経営とは、経営者とは、といった視点では何も教えてくれなかった。後継者にはそうした苦労をさせたくなかった」と話す。そして社内に社長にふさわしい人材はいないか、数年かけて探し始めた。

「最初から従業員を後継者に決めていたわけではない」と中農会長。自身の長男も入社しており、後継者選びでは相当悩んだという。だが会社を成長させるためには「攻めの経営ができる人物がふさわしい」と判断した。2006年に26歳という若さで営業部長を務めていた西島氏を居酒屋に誘い、将来的な社長就任を内示した。高校を卒業後に入社して8年目であり、大胆な抜擢だった。

「何日か考えさせてほしいという言葉を予想したが、彼はその場で即答した。高校生の頃に事業家を志し、企てが好きで率先垂範。切れ味抜群で明るい」。中農会長は西島社長をこう評する。これに対し西島氏は「こんなに早く打診されるとは思わなかった。社員や家族のことを思うと潰したら大変と考えたが、ここでやらなかったら後悔する」と決断した。

経営課題を共有し将来像議論

西島社長

西島社長

まず借入金などの財務諸表関連をはじめ、創業時や中農氏自身の入社時・社長就任時の想い出話を西島氏に伝えた。また自社の強みや弱みなどを分析するSWOT分析や経営計画を一緒に議論しながら作成。全社員の昇給・昇格・賞与の原案作りや、自社の強みや将来ビジョンなどを盛り込む「知的資産経営報告書」作成のプロジェクトリーダーを西島氏に任せた。

報告書を作成したのは09年。前年のリーマンショックにより仕事量が3分の1に激減する一方、リストラは一切しないという方針から、余剰時間を有効活用した。08年には工場長、11年には取締役に就任。従業員や取引先に対して、早い段階から西島氏が次期社長になることもアナウンスした。

「会長と共有する時間は、1プラス1が3になることを目指した」と西島社長。「私は完全な従業員・管理者目線であり、経営者目線の会長とは意見が合わない時もあった。ただ話し合うにつれて、逆に会長が『そんな見方があるとは知らなかった。いつの間にか裸の王様になっていた』と話す場面もあり、互いに理解が深まった」と語る。公的機関などが実施する経営後継者向けセミナーにも積極的に参加した。

「攻め」と「守り」の経営

本社事務所に隣接する新町工場

本社事務所に隣接する新町工場

従業員承継のメリットについて、中農会長は「従業員のモチベーションが上がる、経営の視点が豊かになる、次の事業承継の人選の選択肢が増える」の3点を挙げる。ただ「攻めの経営」を西島氏に託す一方で、「守りの経営」は長男(中農健太取締役・財務責任者)に任せた。「自分一人では守りに入り、攻めきれなかった」という自身の苦い経験から、「攻めと守りを一人でコントロールしていては会社が成長しない」と考えたからだ。

実際、この考え方は事業拡大に好影響を与えた。同社は08年からベトナム人を正社員で採用しており、西島氏は13年に社長就任後、ベトナム進出を全面的に任された。ベトナム人社員と年10数回現地入りして交渉した結果、14年6月に駐在員事務所を開設。17年9月にはホーチミン市に生産拠点「ナカノプレシジョン」を設立し、コスト競争力を高める下地を整えた。さらに20~22年には同国ダナン市に新工場を建設する計画だ。

並行して自動車部品など量産品比率を下げ、半導体装置などの特注品加工にシフトする利益率改善策にも着手。また部品加工で培った技術力をもとに自社開発した洗浄機を「洗浄小町」の名称で外販を始めた。これにより数年前は2~3%程度だった営業利益率が、18年4月期は9%まで向上。今後は洗浄機などの独自製品、部品加工、海外事業の3本柱をそれぞれ強化し、2030年にグループ全体で年商20億円を目指す将来ビジョンも策定した。

魅力ある会社にしておく

工場内は工作機械が林立する

工場内は工作機械が林立する

現在の西島社長の株式保有比率は約17%。取締役就任時に退職金で買い取った。ほかに会長が約2割、長男が約6割を持つ。西島社長は「経営者として過半数を持ちたい思いはあるが、それよりも社員にしっかりした給与を支払い、利益を上げることが先決。私より4歳上の中農健太氏とは深い信頼関係にあり、攻めに専念できるのでやりやすい」と語る。

今年40歳となった西島社長は「50歳になったら引退して起業したい」と話す。従業員に同世代が多く、早く引退しなければ次の世代の経営者が育たないと考えているからだ。後継者はまだ決めていないが、西島氏に続く4代目社長も従業員出身者となる可能性は高い。ただ「健太氏の子どもが小学生なので、その次は〝大政奉還〟する可能性もある」と話す。

「近い将来、西島社長と長男の二人に代表取締役に就任してもらう」と中農会長。西島社長の後継者については「二人の裁量に任せるが、次も会社の成長を担ってくれる可能性を判断基準にしてほしい」と話す。事業承継を考えている人へのアドバイスとして「承継期間は充分に準備する、攻めと守りの承継を考える、継いでみたくなる魅力ある会社にしておく」の3点を挙げた。

●企業データ●

所在地:大阪府東大阪市新町21-26
電話:072-981-0969
代表取締役会長:中農康久氏
取締役社長:西島大輔氏
創業:1949年8月
設立:1957年4月
資本金:1450万円
従業員:70人
事業概要:自動車・半導体製造装置・産業用ロボットなどの精密部品加工・組立
URL:http://www.nakanos-s.co.jp