事業承継・引継ぎはいま

少子高齢化の進展で中小企業の後継者不足が深刻だ。放置すれば廃業が急増して雇用が失われ、地域経済や産業のサプライチェーンが崩壊してしまう。
一方で、自分の会社が事業承継の必要な局面にあることに気付いていない経営者も少なくない。他社はいつ、どのように事業を引き継いだのか、事業承継を経験した企業を連載で紹介する。自社の取り組みの参考にしてほしい。

第3回:米焼酎100年の老舗でしなやかに活躍する女性社長【繊月酒造株式会社】

目次

堤正博会長と純子社長

堤正博会長と純子社長

鎌倉から明治まで約700年間、相良氏が治めた熊本県人吉。周囲を高い山々に囲まれた盆地で、球磨川の清い水をたたえ、良質の米が実る豊かな土地だ。1199年、相良氏の居城・人吉城構内から三日月文様のある「繊月石」が発見され、城は「三日月(繊月)城」と呼ばれるようになった。この城の、川を挟んだ対岸に繊月酒造株式会社がある。

地元シェアナンバーワン

工場内に並ぶ焼酎の仕込みタンク

工場内に並ぶ焼酎の仕込みタンク

「昔は繊月って言ったらお城の名前と思われていたが、このごろは繊月といえば焼酎と言って頂ける」と胸を張るのは繊月酒造の3代目、堤正博会長(77歳)だ。

1903(明治36)年創業の焼酎メーカーの家に生まれた4人兄弟の総領息子。「子供のころからずうっと後継ぎという感覚で育てられ、そういうものと思って大きくなった」と言う。熊本高校から神戸大経営学部を卒業して大手金融機関に入行したが、72年に帰郷、82年に3代目を継いだ。同年に「繊月」を売り出し、毎晩営業で飲み屋を回って「繊月」を地元シェアナンバーワンに押し上げた。「会社を残していくこと、従業員にご飯を食べさせること、仕事一筋で生きてきた」と振り返る。

正博氏の奮闘努力の甲斐あって、繊月酒造は地元を代表する有力企業だ。工場内では馬場裕次・6代目杜氏を中心に「繊月」などの米焼酎約40種類を製造。年中無休で無料見学ができて、試飲場で約30種類を試飲できる。隣に湧き出す公衆浴場「堤温泉」から敷地内にある「繊月足湯」にお湯を引き無料開放している。大型バスで乗り付ける観光客も多い。

毎年5月には本社敷地内で「繊月まつり」を開催。地元中学校の吹奏楽演奏あり、火縄銃の演舞あり、歌謡ショーありの賑やかなイベントで、社員総出で訪れた客をもてなす。会場で販売したうどん、焼きそば、おにぎりなどの売上金は全額地域の学校や施設へ寄付するのが恒例だ。

4代目は次女に

堤正博会長

堤正博会長

そんな正博氏が苦慮したのは長男に4代目を継がせようとしたときだ。4人の子供のうち、長男のほかは3姉妹。だが、銀行勤めを終え後継ぎとして帰ってきた長男は「本人は別にやりたいことがあって、スッとはいきませんでした。無理強いするわけにもいかないし」。結局、長男は違った道に進んでしまう。

どうしようと思案していたときに、目に留まったのが次女の純子さんだった。

堤純子さん(46歳)は96年に神戸の女子大を卒業した後、福岡市の広告代理店に入社した。そのころ福岡はバブルの最中で複合商業施設・キャナルシティ博多や演劇専用劇場・博多座などが相次いで建設され活気にあふれていた。入社後、ラジオやテレビなどの媒体担当に配属された純子さんは活き活きと働いた。

2002年に繊月酒造の福岡営業本部が立ち上がった。「社業が伸びている。すごいな」と思った。だから父から「浮き沈みの激しい広告業界にいるより家業を手伝っては」と勧められたときも「福岡は大事なマーケット。微力でも手伝いになれば」と繊月酒造に入社した。03年のことだ。

正博氏は福岡での純子さんの仕事ぶりをじっと見ていた。娘はがんばっていた。そして「長女も三女も結婚して家庭を持っている。4人の子供のうち頼れるのは次女だけだ。そういえば、子供のころからこの子が一番素直だった」と気がついた。様子を見ながら、取締役、専務と徐々に社内の役職を上げていって、16年1月に純子さんを4代目社長に抜擢した。

父娘で二人三脚

堤純子社長

堤純子社長

父娘は仕事の役割分担をしている。「商工会議所や地域の会合、月末の支払いなど裏方仕事は私がまだやっている。誰かに任せられない大切な仕事ではあるが、何かを生みだすわけではない事務仕事はこちらでやって、社長には前向きな新規事業を考えてもらいたい。雑事は俺がやってやるから外に出ていきなさいと言っている」と父が言えば、「週のうち半分くらいは人吉に帰ってくるが私の拠点は福岡。仕事で海外にいくときは福岡のほうが便利」と娘も納得顔だ。

観光協会や商工会など地元の会合には一緒に顔を出す。「知事や市長などの有力者に引き合わせて人脈を引き継ぎたい」と父。「私だけでは会えない人と顔見知りになって話をさせていだたくのが大事」と娘。"人の承継"は順調なようだ。

社長就任前から手がけた娘の仕事は少しずつ成果が出始めている。そのひとつが「カット委員会」だ。父の時代、繊月の銘柄は90を超えていた。1銘柄ごとに思い入れがあり、お客さんが付いている。なかには村おこし、町おこしでつくった銘柄もある。だが、ひとつの銘柄をつくるにはそれなりにコストがかかる。瓶も違うしラベルも違う。酒質が違えば工場のタンクも分けなくてはならない。銘柄にしがらみがない娘は数字をみて「これはちょっと厳しい」と指摘した。委員会をつくって不採算銘柄を整理し、3年~4年をかけて約40銘柄に絞った。

一方で、新銘柄も生み出している。焼酎はどうしても男性が飲むお酒というイメージだ。女性でも飲める焼酎をと、無農薬の地元産赤紫蘇を活用したリキュール酒「恋しそう」を3年かけて開発した。アルコール度数7度の赤紫の酒は自らネーミングも手がけ、「着色料も香料も保存料もなし」とPRに余念がない。そんな娘を父は「伝統を守りながら、新しい取り組みをやっていかないと企業は生き残れない」と目を細めて見守っている。

私でなければできない仕事

同社の代表銘柄「繊月」と「川辺」を持つ3代目と4代目

同社の代表銘柄「繊月」と「川辺」を持つ
3代目と4代目

ふたりで言い争いをしたことがない。「言うことを聞かなかったからと怒ることはない。子供に譲ったのだから」と父。「会社のため、商品を良くするために一番良い方法を選ぶのが最善だから相談しながらやるようにしている」と娘。仲の良い父娘である。

70代後半の正博氏はいずれ完全リタイアの局面がくる。「会長が元気なうちに販路や人脈を広げ、土台をつくりたい。その後は5割以上ある地元シェアを守りながら米国やアジア諸国など海外展開にも力を入れたい」と純子さん。ハードリカー(蒸留酒)である焼酎の飲み方をどう提案していくか。海外には蒸留酒を食中に飲む文化はない。分けたほうがいいのか、日本食につなげたほうがいいのか試行錯誤中だ。「どうきっかけをつくるか。未知数だがやりがいがある」と話す。

繊月酒造に入社したころは家業を継ぐなんて予想もしていなかった。だが、いろいろ仕事をしていくうちに、「これだけのブランドがあってお客さんも従業員もいる。残さなくてはいけないと思うし、続けていかなくては」という想いが強くなった。まだ先のことだが、「会社のポリシー、モットーをわかって引き継いでくれる人がいれば。今後考えていきたい」と5代目のことも視野に入れている。4代目は最後に「広告代理店は私がいなくても他の人で済むけど、ここには私でなければできないことがある」と強調した。

●企業データ●

所在地:熊本県人吉市新町1番地
電話:0966-22-32073
代表取締役社長:堤純子氏
創業:1903年10月
設立:1950年10月
資本金:1500万円
従業員:40人
事業概要:本格焼酎乙類製造・販売
URL:http://www.sengetsu.co.jp/