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中小企業診断士の仕事

あしたをつかめ! 若手女性診断士の挑戦

取材・文:福島 正人(中小企業診断士)

【第1回】診断士試験で大泣き

取材日:2009年7月16日

今回は、2006年中小企業診断士登録の若手女性診断士・眞鍋貴子さんにご登場いただきます。眞鍋さんは、NHK教育テレビ「あしたをつかめ 平成若者仕事図鑑」に出演されたことでも有名です。現在は、(株)マネジメントブレーンのコンサルタントとして活動するとともに、NPO法人起業家支援ネット事務局次長も務めています。

診断士を目指したきっかけ

― 岐阜県で生まれ育ったそうですね。

眞鍋貴子さん

眞鍋:1977年に岐阜市で生まれました。小学校の頃は、童話などのストーリーを書くことに夢中になっていました。ノートに書いて、挿し絵を入れて、家族に読んでもらって。両親から、「あなたは書くことが好きなのね」と言われたのを覚えています。

名古屋大学法学部に進学するまでは順調でしたが、就職活動では苦労しました。私が4年生だった2000年頃は、就職氷河期だったんです。卒業の時期が近づいても、なかなか就職が決まらない。今から思えば、企業側の視点に立って自分のPRをできていなかった、とも思うのですが、当時は気づきませんでした。自分を全否定されているようで、つらかったですね。

就職活動がうまくいかなくて悩んでいたそんなとき、母親が小さな新聞広告を見つけました。岐阜県商店街振興組合連合会の人材募集広告でした。連合会の事務所が自宅からすぐ近くだったこともあり、応募してみたんです。

― それで、岐阜県商店街振興組合連合会に就職したのですね。連合会では、どのような仕事をしていたのですか。

眞鍋:機関紙に載せる記事を、取材・執筆していました。チャレンジショップやコミュニティイベントを取材して記事にする。子どもの頃から好きだった"書く"ことが仕事で、とても楽しかったです。

仕事をしているうちに、「商店街を元気にするにはどうしたらよいのだろう」と考えるようになりました。何か答えがあるはずだ、と。そんな頃、ある女性診断士の講演を聞く機会があったんです。個店の支援をされている方で、「お客様にいちばんよいものを提案する」という小売業の原点を、具体的な支援事例を交えて説明してくださいました。女性診断士が、社会で活躍しているのを目の当たりにして、「もしかしたら私にもできるかもしれない」と、私も中小企業診断士を目指そう、と思いました。

悲しみの涙と、喜びの涙

― 個店支援をしている女性診断士の存在が、中小企業診断士を目指すきっかけになったんですね。受験勉強はどのようにしたのですか。

眞鍋貴子さん

眞鍋:名古屋にある受験校の講座に通って勉強しました。受験1年目は、1次試験には合格したものの、2次試験は不合格でした。「ストレートで合格するぞ」という意気込みで勉強しただけに、とてもショックで、3ヵ月くらい悲しくて泣いていましたね。今思えば、受験1年目は知識を詰め込むのに一生懸命で、知恵にまで落とし込むことができていなかったんでしょうね。使える知識にはなっていなかったんです。

翌年は、学習計画を綿密に立てて、さらに自分を追い込みました。苦しい試験勉強を頑張れたのは、商店街で個店支援をする女性診断士の存在です。目標となる中小企業診断士に出会えていたのは、大きかったですね。「自分も商店街で個店支援をやりたい!」という強い思いがありました。

受験2年目も、2次試験の結果には自信がなかったんです。事例Ⅰができなかったので、多分ダメだろう、と。だから、インターネットで合格発表を見て、自分の番号があったときは、うれしくて大泣きしました。「受かっている!」と大きな声を出したので、母親がびっくりしていましたね。人生で初めて、「大きな壁を乗り越えた!」という達成感がありました。

(つづく)

眞鍋貴子(まなべ たかこ)
2006年中小企業診断士登録。2007年NHK教育テレビ「あしたをつかめ 平成若者仕事図鑑」に出演。現在、株式会社マネジメントブレーン、NPO法人起業家支援ネットに在籍し、起業家支援や再生支援に取り組んでいる。

会社名 株式会社マネジメントブレーン
NPO法人起業家支援ネット