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中小企業診断士の仕事

理系大学内診断士現れる!

文:谷口 忠大

【第1回】理系大学内診断士現れる!

若手中小企業診断士である谷口さんは、立命館大学情報理工学部で教鞭も取られる変り種といえます。そのご活躍の様子は学内にとどまりません。診断士の資格取得の段階から、谷口さんの世界は大きく広がりました。ご活躍の様子をリポートしていただきました。

私は世にも珍しい理系大学内診断士である。

私:「あ、どうも、谷口忠大と申します。よろしくお願いします」
相手:「これはご丁寧に。私は山田太郎(仮名)と申します。こちらこそ」

......というのは、どこにでもある名刺交換の風景。そのとき、私が渡す名刺が右のものだ。読者の方で「あれ?大人のくせにやたらカジュアルだな!?」と思われる方がおられるかもしれない。確かにそこはそこでツッコミどころかもしれない。......が、今注目してもらいたいのはそこではない。肩書きの方を見てほしい。

名刺

私の名刺には二つ資格についての肩書きがある。一つが、京都大学博士(工学)、もう一つが中小企業診断士(経済産業省登録)だ。ちょうど三年前に京大の工学研究科を修了し博士号をとり、ちょうど一年前、中小企業診断士試験に合格し経済産業省に登録した。どちらの立場にたっても、正直ペーペーの若手である。ですので、このコラムでも偉そうな事などまったく書けない。メインの仕事としては現在、関西の立命館大学の情報理工学部で助教(注1)として講義や演習を持ちつつ研究室で学生と共に知能情報技術の研究開発など学術的な事をやっているのだ。というわけで、このコラムを書いているのは「バリバリの独立系中小企業診断士」ではない。まず、そこのところはよろしく。

中小企業診断士の世界では大きく「企業内診断士」と「独立系診断士」に分かれるのだがが、私はその中でも「大学内診断士」という変わったカテゴリに属している。もちろん、経営学部や産業社会学部などなら中小企業診断士を持たれている先生もおられるかと思うが、理系の大学教員で中小企業診断士なぞ、私くらいのものだろう(注2)。そう、私は珍種「理系大学内診断士」である。

さてさて、名刺を渡された人は打率約7割で「ギョッ」と驚いて目を開けてくださる。大学業界の研究関係で知り合った人なら「え?なんですか?この資格?」などと聞いて下さるし(注3)、中小企業診断士や金融関係の人などだと、「えー、大学の先生?全然、関係ないじゃないですか?なんで、中小企業診断士の資格なんかとらはったんですか?」なんて聞かれてしまうのだ。未だに中小企業診断士取得者の大半は金融機関や商工会議所などの人間であるからだろう(注4)。聞いてくる人の中には、まったくもって不躾に「はー。酔狂ですなあ。いったい何がしたいんですか?」と聞いてくる人さえもいる。診断士登録後この一年間で私は一体何度「私が何故、中小企業診断士になったか?」についての説明を試みた事だろうか(注5)?「ええい、面倒くさい!ここは一つまとまった文章にしてしまえ!」という事でこの文章を書いている。

現在、理系大学で教員・研究者をやりながら中小企業診断士資格を有する世にも珍しい「理系大学内診断士」は何故生まれたのか?連載初回はそのあたりに触れ始めてみたい。次回以降の連載ではそのプロセスを深める中で「では資格を生かし私は何をしているのか?」について触れていきたい。

「研究機関」大学って何するトコロ!?

某K大学の機械系の大学院博士課程最終年次を終え工学博士の学位を取得後、青年はいい年をして大いに悩んでいた(注6)。博士課程に進学すれば、学位の取得は絶対条件である。もともと現代、博士課程への進学は就職に有利になるわけでもなく、研究所や大学といった雇用の決して安定しない小さな雇用市場へ自らを縛りつけるようなものだ。その中での絶対条件「学位」を取得できなければ厳しすぎる現実が待っている。皆さんも一昨年頃から市民権を得だした「高学歴ワーキングプア」という言葉をご存じではないだろうか。そう、学者の世界は自らに高額の学費を投じ努力を積み重ねたどり着いたにも関わらず、小さな需要に対して大きな供給という需給バランスが大いに狂った人材市場なのである(注7)。だから、博士課程に入ればとにかく三カ年で学位の取得は絶対条件なのだ(注8)。というわけで、多少の疑問が心にわいても博士課程最後の一年などは目を閉じて疾走するのだ。しかし、私の心の中に積もり始めた疑問の澱はその勢いを増し、学位取得後に決壊を起こすのである(注9)。

私の研究の専門は「システム科学」である。特に人を含んだ系の理解と人の様な適応性を持ったシステムの開発が主な課題といえ。難しい話は避けるが、人間の社会やそれを支える人間の知能の不思議さに取り組み、それをよくしていけたらいいな、と思っている。人工知能や機械学習、コミュニケーション、創発といったキーワードが私の周りには転がっているのだ。システムとは要素の結合や作動状態を問題にするので、機械の材料、具体的な物質には余り興味がない。人間の知能というシステムだったり、変化する社会(人間集団)のシステムだったりに興味がある。

さて、大学の「システム科学」の研究は世の中をよくできるのだろうか?それが私の問いかけの一つであった。新たな発見が世の中を良くする。それは学問にとっての一つの理想だろう。しかし、学者・研究者過多のこの時代、大小大量の発見がなされ、それらは学術誌や学会で発表されていく。業界の人間しかその様子は知らないだろうが、一部洗練された学問領域を除き、その発表の殆どは顧みられる事無く消えていく。大学の人間の評価は大学業界の内部での成果で測られる。これは、大学だけではない。官僚の世界では官僚社会の内部の評価で官僚の成果は測られる。これは「縦割り行政」という言葉で批判されるが、縦割りなのは行政だけではない。多くの近代社会のように高度に分化し業界内でコミュニケーションが閉じる社会を社会学者ルーマンは機能的分化社会と呼んでいる。それぞれの社会は「それぞれの論理」で回っているのだ。それは大学だけではない。各業界が専門化しすぎた今の世の中は「総・縦割り社会」なのだ。

大学院で研究を続けていくと徐々に見えてくるものもある。大学の研究は研究者が意識的なアクションを起こさない限り、なかなか社会には届かない。社会に届かない研究、誰のためにもならない研究を続けるほど私は酔狂ではない。また、子供が出来て、「子供のためにもよりよい社会を残したい」という使命感も湧いてきた。研究で得た知見を元に世の中を良くしようとしたら、社会の中で動けるスキル、社会の中で動ける態度が必要なのだ。「大学から出なければならない。」強い切迫感があった。しかし、丸腰で出るのか。世の中から「学者」が「ビジネス」の対極と思われているのは日本的な常識だろう。また、実際に当時の私はビジネスを理解していたとは言えない(注10)。世の中で自らが主体的に動くためには「経営」の知識が必要なのだ。

その時出会った資格が「中小企業診断士」だったのである。

注1:
助教というのは最近出来たポジションで英語ではAssistant Professor。大学教員の中では一番若い職である。
注2:
まぁ,それは言い過ぎかもしれないが,とにかくレアである事は間違いない。
注3:
正直,世の中で中小企業診断士の知名度はあまり高くない。
注4:
私が合格したH19年度の中小企業診断士試験において中小企業診断協会が公表する統計資料をみると,勤務先区分別人数で私の含まれる「研究・教育」区分は合格者799人中5名と最少であった。
注5:
京都の中小企業診断協会ではわざわざ一度「私がなぜ診断士になったか」についての講演の機会をいただき1時間以上話させていただいた。
注6:
もちろん青年とは私のことである。
注7:
このあたりをまじめに考えて博士課程へは進学する必要がある。
注8:
ちなみに,博士課程は日本の学制で唯一「入りやすく出にくい学校」と言える。大学間・領域間で基準はバラバラだが,学位取得のためには学術誌への論文発表などハードルがいくつもある。
注9:
ふりかえると,学位取得とほぼ同時に初めての子供が生まれたり,世はライブドアショック前のITベンチャーブームに浮かれていたりと,世界観が揺り動かされる条件は外部要因としてもそろっていた。
注10:
今でもそこそこ怪しいかも知れないが......。

(つづく)