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活躍中の独立診断士へインタビュー

最前線の診断士

銀行員からプロ経営者へ マークテック株式会社 代表取締役社長 西本 圭吾さん

取材・文:福島 正人(中小企業診断士)

【第1回】孫正義さん・北尾吉孝さんに学ぶ

取材日:2015年12月10日

中小企業診断士には、プロの経営者として活躍されている方もいます。今回は、マークテック株式会社代表取締役社長の西本圭吾さん(中小企業診断士)にお話を伺います。

診断士二次試験直前に……

―もともとは、銀行員だったそうですね。

1990年に大学を卒業して、三井信託銀行(現・三井住友信託銀行)に入行しました。大学時代の専攻が“東南アジアの地域研究”で、今後伸びていくASEAN(東南アジア諸国連合)に関わる仕事をしたいと思ったのです。

信託銀行には国内業務だけでなく海外業務もあります。「海外を希望する人のほうが少ないので、希望すれば海外業務ができる」と聞き、信託銀行に入行しました。

―信託銀行では、どのようなことをされていたのですか。

最初は日本国内で企業融資を担当しました。融資を行うには融資先のことをしっかり理解し、今後成長する企業かどうかを見極めることが大切です。そこで、中小企業診断士を目指すことにしました。1994年(入社5年目)の頃でした。当時の中小企業診断士資格は部門別に分かれていて、商業部門で一次試験に合格しました。

「さぁ、二次試験を受けるぞ」と思っていた時に、念願だった海外勤務の内示が出ました。シンガポール支店です。結局、二次試験を受けないまま、シンガポールに赴任することになりました。

ソフトバンクグループに転職

―シンガポールには、いつ頃行かれていたのですか。

1996~1998年頃です。当時はアジア通貨危機があって、アジア各国の経済環境が厳しい時期でした。日本でも、山一證券や北海道拓殖銀行が経営破たんしていきました。そんな時期に海外から日本を見ることができたのは、貴重な経験でした。

当時、私がいた金融業界は再編期で、どちらかというと後ろ向きの時期でした。そこで「もっと違う世界を勉強してみたい」「これから伸びる業界に行ったほうが良い」という思いが強くなり、転職を考えるようになりました。

―これから伸びていく業界に転職しようと思われたのですね。

日本に帰国してから、ソフトバンクグループに転職しました。ソフトバンクが金融部門を立ち上げ、ソフトバンクファイナンスという子会社を作って展開していこうという時期でした。インターネットバンキング事業をスタートするために、銀行経験者を募集していたのです。それに応募しました。

―ソフトバンクグループでは、どのようなことをされたのですか。

財務部門でIPO(株式公開)やファイナンスの仕事をしました。当時、子会社が7社くらい上場したのですが、その上場業務に関わることができました。格付・社債発行・株式発行などの業務に、証券会社出身の人たちと一緒になって取り組みました。

投資先にCFO(最高財務責任者)的な立場で携わるようなこともありました。ソフトバンクグループの仕事と兼務で投資先企業をサポートする役割です。3社くらい経験しましたね。その経験が現在のプロ経営者への道につながっていると思います。

―ソフトバンクグループにいた時には、孫正義さんや北尾吉孝さん(現・SBIホールディングス代表取締役)に近いところで働かれていたそうですね。

投資プロセスなどに携わりますので、直接やりとりをさせていただける場所で働いていました。孫正義さんと北尾吉孝さんはタイプこそ違いますが、お2人とも類まれな起業家だと思います。この2人の近くで働いたことは、プロ経営者として活動する上で大きな学びになりました。

孫正義さんは常に高い志を持っていて、集中力・スピード感が本当にすごかったです。何をするかターゲットを絞ってやり遂げます。北尾吉孝さんは中国古典に造詣が深く、人の死生観や武士道的な精神、人間学が根底にあります。私も薫陶を受けて安岡正篤さんや森信三さんの本を読むようになりました。

(つづく)

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西本 圭吾(にしもと けいご)
1968年生まれ。1990年慶應義塾大学法学部卒業後、三井信託銀行に入社。国内外の事業会社向け融資業務に従事する。ソフトバンクグループ等を経て、2010年マークテック(株)取締役に就任。2015年マークテック(株)代表取締役社長就任。