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事業再生の現場から

文:鍜治田 良(中小企業診断士)

【第1回】糸口の見えない事業性

私は中小企業診断士資格を取得後、日本生産性本部へ転職し、企業の収益性向上のお手伝いをしてきました。今回から3回にわたって、事業再生の現場で私が考えたことや、実践したことをレポートしていきます。

事業再生の流れ

事業再生に縁のない方もいらっしゃると思いますので、初めに事業再生の流れについて簡単に触れておきます。再生のステップはデューデリジェンス(以下DD)、計画策定、モニタリングの3つの段階に分かれています。デューデリジェンスで主となるのは、事業DDと財務DDです。

事業DDは事業性を評価するもので、会社が本来持っている収益性を調査します。窮境原因が取り除かれ、経営課題を解決していけば事業として成立するのかどうかを見極め、調査の中で窮境原因やその除去の可能性、経営課題を明確にしていきます。

一方、財務DDは会社の財務上の傷み具合を調査するもので、財務面の支援のために行います。貸借対照表に記載されている資産にどれくらいの価値があるかを調査し、実態貸借対照表を作成します。たとえば、償却不足がないか、回収できない売掛金はないか、簿外債務がないかなど、多岐にわたって調査を行います。

その後、再生の可能性があると判断されると、再生計画を作成していきます。再生計画は、損益計算書、貸借対照表、キャッシュフロー計算書、返済計画などの数値計画と、それを実現するためのアクションプランに分かれます。アクションプランに具体性がないと、数値計画は絵に描いた餅となってしまうため、実行可能性と具体性の高いアクションプランが肝となります。モニタリングは、月次決算やアクションプラン・再生計画の進捗をチェックしていくもので、PDCAのCにあたります。

企業の概要

今回ご紹介するのは、西日本に所在する部品加工メーカーA社。50年を超える社歴を有し、今日に至るまで機械メーカーB社の主要サプライヤーとして日本の高度成長を支え、地域の雇用も守ってきた企業です。

A社の業績は、長期間にわたって赤字。さらに直近では、機械メーカーB社の業績悪化と生産拠点の海外シフトによって売上減少傾向が続いたため、再生支援協議会の支援を受けて、事業再生に挑むことになりました。

伝わる必死さ

まず、社長へのヒアリングを行いました。社歴・事業内容・事業の問題点など、社長の考えを長時間にわたってうかがいます。

社長は、社長就任後の5年間、長期的な業績悪化に対して何もしなかったわけではありません。これまでにも生産現場改善を行っていたのですが、損益計算書を見る限りでは、改善活動が業績向上につながっていませんでした。また、私が支援する以前に人員削減と給与カットを行っていましたが、黒字には到達せずといった状況の中、とにかく必死にできることをやっていました。

安堵と不安

廃棄刃具の置き場
廃棄刃具の置き場。使用できる
ものもたくさん含まれている

社長のヒアリングを終えて、工場を見学します。工場に入った瞬間、「お金が落ちている!」と思いました。A社の生産現場はモノであふれかえっていたのです。機械の回りにはノギスなどの計測器が複数あり、壁際や倉庫には仕掛品や製品在庫があふれている状況。そして、収益を稼ぎ出す機械は清掃が良くされておらず、汚い状態でした。

働いている従業員に目を向けると、やたらと歩行が多いのが気になりました。何をしているのかを従業員に聞くと、納期遅れがあるため、仕掛品がどの工程で止まっているかを探しているとのこと。モノをしっかりと管理し、ヒトの動きを変えれば、生き残る可能性があると安心しました。ただしその反面、この会社は本当に良くなるのかという不安も増していきました。

コア人材を探せ!

事業再生の肝の1つは、「コア人材」の発掘です。再生計画にはWho(誰が)、What(何を)、How(どのように)を明確にすることが必要ですが、コンサルタントが支援できるのはWhatとHowの部分です。どれだけ良い戦略や計画を立案しても、それを担う人材(Who)がいないと再生はできません。ましてや、事業再生の現場は修羅場で、さまざまなことが起こります。その環境下で、心が折れずにリーダーシップを発揮できる人材を探すのは、非常に難しいことなのです。そのため、リーダーシップを発揮できるコア人材を探すことが、ヒアリングの目的の1つでもあります。

社長に続いて、幹部・キーマンのヒアリングを進め、会社の業務の流れ、抱える問題点、課題、改善策など再生に向けたネタ収集を行いました。しかし、ヒアリングを終えた時点で、A社にはコア人材を見つけることができませんでした。

従業員意識調査

従業員意識調査の結果
従業員意識調査の結果
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再生の2つ目の肝は、「ノリ」です。現場の社員のノリが良くなると、実行のスピードが速まります。ヒアリングと並行して従業員意識調査を行い、従業員のモチベーションを知るとともに、組織上の問題点などをあぶり出していきました。その結果、予想どおり、従業員のモチベーションが低いことが明らかになりました。社長・管理職に対する不満・給与に対する不満が主な原因でしたが、それ以外にも、経営方針・目標を知らないなどの意見が多くあり、コミュニケーションの悪さが目立ちました。

社長・管理職への不満

社長への不満は、意識調査の自由記述欄にあふれていました。さまざまな意見はありましたが、経営者・管理職の言行の不一致や社長のリーダーシップの欠如という意見が多く見られました。

会社の生死には、社長自身の生活だけでなく、そこで働く約50名の生活もかかっています。会社がなくなれば、社長は自己破産。そのような状況下、社長は必死に会社を良くしようと、さまざまな指示を出していました。しかし、従業員からすれば指示は一方的で、クルクルと変わる状況に不信感を抱き、リーダーシップの欠如と見えていたようでした。

経営の見える化の前提条件

食堂に行くと、月次の損益目標と実績、今年度の方針などが掲示され、経営の見える化がされていました。にもかかわらず、意識調査では経営のメッセージが伝わっていないとの回答が多い状況から、経営者が一方的に情報を発信しているだけで、従業員に伝わっていないと考えました。

「経営を見える化し、ガラス張りにすることで、従業員が自主的に問題解決に取り組む」こと自体は、誤りではありません。しかし、どのようにすれば数字を上げられるかを従業員が知らなければ、見える化された数字は従業員の改善の結果ではなく、ただの数字の羅列になってしまいます。社員が損益計算書の数字と自分の行動を結びつけられなければ、見える化をしても収益向上にはつながりません。つまり、見える化と同時に社員教育を行っていかないと、効果は現れないのです。仕組みを導入する際は、前提条件をしっかり押さえようと考えさせられた出来事でした。

事業再生の"リトマス紙"

生産現場を見る限り、業績不振の原因の1つとして生産性の低さが目立ちました。それを裏づけるように、労働生産性は年々低下しています。過去10年間の労働生産性の推移を見ても、生産性が低く、労働分配率の高い状況が続いていました。

現場の生産性をどのように上げるかが再生のポイントの1つになると考えましたが、生産現場を見る限り、再生できるのかと不安に思いました。そこで、事業再生の"リトマス紙"を置いて、会社を後にしたのでした。

(つづく)

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