経営コンサルタントの国家資格”中小企業診断士”の情報が満載です。 中小企業診断士の広場

中小企業診断士の広場

目指せ! 中小企業診断士

経営革新の女王ティアラを名乗って―渡辺まどかさんに聞く

取材・文:株式会社同友館編集部

【第2回】転職、そして中小企業診断士へ

取材日:2010年5月24日

経営革新の女王ティアラこと、渡辺まどかさんにお話を伺う第2回目。
 ネイリストの現場を経て、しだいに経営の面でも輝きをみせ始めた渡辺さん。彼女が中小企業診断士資格を志した理由は、何だったのでしょうか。

無意識の中の「診断士脳」

― このあたりから、今の渡辺さんの礎が築かれていったのでしょうか。

ネイリスト時代の作品(雪の結晶)
ネイリスト時代の作品
(雪の結晶)

それまでも、知らず知らずのうちに、中小企業診断士の勉強に出てくるプロモーション戦略やマーケティング戦略などを、取り入れていたんですよね。たとえば、1日8時間の勤務時間内にお客さんの数を増やすためには、稼働率を上げなくてはならない。では、技術時間を普通の人の半分にしてみよう、といった具合です。

これは、いわゆる「動作研究」につながってくるんです。どこにモノを置いたらよいか、とか、どういう手の動きが効率的なのか、とか...。後々中小企業診断士の勉強をして、それに気づいたときは、驚きました。

私が2年間、東日本地区のスーパーバイザーを担当していたときに求められていたのは、本社と現場のパイプ役になることでした。その中で一番重要だったのが、本社の意向を、ネイリストたちが理解できる言葉に変換して伝えること。とにかくお店に足を運び、彼女たちと話しました。たくさんの悩みも聞きました。すると、また売上が上がっていくんです。

結局、彼女たちが働きやすい環境を整えていったことが、正しかったんですね。サービス業は、従業員のモチベーションが売上に直結します。私は彼女たちに携帯電話の番号を伝え、「困ったことがあったら、いつでも相談して」というスタンスで、かかわっていきました。

もちろん、ときにはトップダウンでやらなくてはいけない場合もあります。そんなときは、部長を悪者にして(笑)、彼女たちと共感しながら進めていきました。部長には事後報告になりますが、信頼関係があったので、そのような方法をとれたんです。

― 行く先々で、結果を出されてますね。そうすると、いよいよ...。

はい。「次は、全国をみてほしい」ということで、完全な本部勤務で、マネージャーのポジションにつきました。その頃には、おかげさまで、東日本地区の13店舗はほぼ、黒字化していました。

この頃は、現場よりも、スタッフが楽しく働ける職場づくりにやりがいを感じていたので、とてもタイミングのよい異動でした。27歳のときのことです。具体的な目標は、名古屋と大阪の4店舗を黒字化させることでした。

― そんな中、30歳で退職されるわけですよね。順風満帆にもみえますが、きっかけは何だったのでしょう。

辞めようと思ったきっかけは、スーパーバイザーとマネージャー時代に、5年間連続で売上が2桁成長を遂げたので、もういいかな、と(笑)。それから、「30歳になる前に、何かやらなきゃ!」と、ふと思ったんですよね。ネイル業界では実績を上げ、自身の認知度も上がったけど、ほかに行ったらどうなんだろう、と。

もう一つ、ネイリストに限らず、美容業界は若者で構成されているので、このまま居続けることに不安を感じたことも理由でした。年をとればとるほど、ここに居続けるのはつらくなるなぁ、と。

中小企業診断士資格との出会い

― なるほど、業界ならではの悩みですね。
でも、そこでなぜ、中小企業診断士資格にたどり着いたのでしょうか。

まずは、私が転職をするうえで武器が少ないので、自分の後ろ盾となる国家資格がほしい、と思ったんです。また、マネジメントの仕事をする中で、「本当に正しいのか?」と疑問に思うことがあり、そこをちゃんと知りたい、とも思い始めていました。

社会保険労務士も面白そうだったんですが、大学を出ていないとダメで...。大卒が条件の資格って、多いんですよね。そうやって絞っていくうちに、「経営・国家資格」と検索して、高卒でも受けられるのが、中小企業診断士だったんです。初めて資格を知ったときは、「ダサいなぁ...」というのが、正直な感想でした(笑)。

でも、内容が面白そうだったので、受験を決意しました。今思えば、合格率まで詳しく調べてしまっていたら、チャレンジしていなかったでしょうね(笑)。

― 勉強は、在職中に始められたんですか。

はい。勉強を始めたのは、2006年11月でしたが、やり始めたら想像以上に大変で、「今までどおりの仕事をしながら勉強するのは、無理だ」と思いました。

そこで、異動願いを出したんですが、このときは、部長や社長とぶつかりましたね。すでにスイッチが入っていた私は、会社の売上を上げるよりも、勉強が第一優先になっていたので...(笑)。

― その後、別の会社に転職されたのですね。

勉強を進める中、私は経営情報システムが苦手なことに気づいたんですね。そこで、IT系の会社へ転職した。「業界に入れば、少しはわかるようになるかな...」と思ったのが1つ、もう1つの理由は、IT系に強い人脈がほしかったからです。営業マネージャーとしての採用でした。

この会社はベンチャーだったので、社長や社員が若く、柔軟でしたね。勉強時間も快く確保していただき、私の勉強を応援してくれました。

でも、よくある話ですが、入ってみると、「あれ? 聞いていた話と違う」ということが多く、すぐに退職することになります。退職後は、この会社の営業先に引き抜かれて入社しますが、ここでも、中小企業診断士の勉強を優先させていただきました。

私の勉強法と合格の喜び

渡辺まどかさん

― では、受験勉強について少し、教えてください。

私は、受験校の週末コースに通っていました。講義は週5時間で、その後、仲間で集まって4時間、勉強会をしていました。総勉強時間は、1年目が約1,500時間で、2年目が約1,100時間です。

― 2年目で勉強時間が減ったのは、1次試験の勉強をされなかったからでしょうか。

そうですね。2年目は、2次試験の勉強しかしませんでした。1次試験を受けないなら、こんなに勉強する必要はないのかもしれませんが、私は2次試験の勉強が好きだったんです(笑)。

― この間、勉強時間以外の過ごし方はどのようにされていましたか。

大好きな読書の時間を削らなければいけないのは、つらかったですね。睡眠時間は、平均で4時間半ほどでした。

― 2年目での合格というのは、予定どおりでしたか。

いいえ。本当は、ストレート合格する予定でしたが、今考えてみると、自分を信じきれていなかったように思います。「こんな私が、1年で合格できるわけがない」と。基本的に、自信がないんですよね(笑)。でも、そこが原動力になっている部分もあります。

― 合格した年の手応えは、いかがでしたか。

試験直後は、本当に「ダメだ」と思いました。事例 I~IIIはよかったんですが、事例IVが全然できなかったんです。落ち込んで、涙ぐんでいたほどです。

でも、その日の打ち上げで、ほかの受験生と話してみると、みんなもできていない。「あれ? 私、もしかしたら大丈夫?」と思い始めました。

― 合格は、どのようにして知りましたか。

1年目はインターネットで確認しましたが、2年目は、「現地に行って、ちゃんとみよう」と思っていたので、銀座の中小企業診断協会へ行きました。でも、午前10時には行きませんでしたね。誰かと会うのが、イヤだったので...(笑)。

自分の番号をみつけた瞬間は、本当に嬉しかったです。と同時に、とても安心しました。「受験校の恩師や、応援してくれた人たちに、いい報告ができる」と。一生、忘れない瞬間です。

― やっとひと息、といった感じでしょうか。

まだ、口述試験が残っていましたからね。でも、あと少しの頑張りです。口述試験対策は、必要以上にやりましたね。受験校の模擬面接は4回受けましたし、問答集は、勉強会のメンバーと100問以上やりました。落ちることはあまり考えていませんでしたが、「最後まで真剣勝負で臨みたい」と思っていたんです。

(つづく)

プロフィール・会社概要

渡辺 まどか(わたなべ まどか)
元ネイリスト。化粧品輸入商社にて、チェーン展開するネイルサロンの店長からマネージャーまで幅広く経験後、IT系企業の経営企画室室長などを経て2010年1月に独立。現在は、美容業界を中心としたコンサルティングや創業支援、執筆業、講師業などに従事。著書に、『事例80分料理法―受験生最後の日 2つのドキュメント』(共著・同友館)。

ブログ: 経営革新の女王ティアラ☆挑戦の日々☆