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経営革新の女王ティアラを名乗って―渡辺まどかさんに聞く

取材・文:株式会社同友館編集部

【第1回】ネイリストの現場から経営畑へ

取材日:2010年5月24日

今回、ご登場いただいたのは、経営革新の女王ティアラこと、渡辺まどかさん。
 元ネイリストという異色のキャリアを持つ彼女は、ブログ「経営革新の女王ティアラ☆挑戦の日々☆」が月間50,000アクセスを誇る人気ブロガーでもあります。

「経営革新の女王ティアラ」の誕生

― さっそくですが、インパクトのある名刺ですね(笑)。キャッチフレーズの「経営革新の女王」について教えてください。

名刺
渡辺まどかさんの名刺

私は中小企業診断士になって、人にお会いする機会がすごく増えたんですが、会社の名刺をお渡ししても、埋もれてしまうんですよね。でも、皆さんからいただく個人の名刺には、とても素敵なものが多くて、私もこんな名刺をつくりたいな、と。

そこで、当時はIT系の会社に勤めていたんですが、部下のWebデザイナーに名刺作成を頼んだところ、そのうちの1つがこの名刺だった(笑)。「経営革新の女王」というキャッチフレーズは、彼女が私をイメージして考えてくれたものでした。また、同期合格の仲間に意見を聞いてみても好評だったので、思い切ってこれにしてみたんです。

最初はドキドキしていましたが、名刺交換をしてみると、とても反応がよくて...。面白がって、「女王様」と呼んでくれる人もいましたね。

― ちなみに、「ティアラ」の由来は?

これは、受験生時代に、恩師がつけてくれたあだ名です。つらい受験勉強の中、ゴールのイメージを持たせるために恩師が、「合格して、1月の祝賀会では、派手なドレスで一番目立ってやろう!」と言ってくれたことがあって、「頭に載せるヤツは買ってやるから」と。そこから、「ティアラ」と呼ばれるようになりました。

― モチベーターとしても、素晴らしい恩師でしたね。

はい。いい意味で、プレッシャーを与えてくれましたね。私は2年で合格したんですが、「絶対受かるから、大丈夫」と何度も言ってくれて、プラスイメージを持つことができました。今でも、とても感謝しています。

― 当面は、このキャッチフレーズで活動していかれる予定ですか。

口コミが発生するありがたい名刺なので、その予定でいます。初めてお会いする方と名刺交換させていただいても、「これが噂の...」と言っていただけますから。それに、自分の魅せ方は、コロコロ替えるべきではないですもんね(笑)。

入社3ヵ月で店長に

― 渡辺さんのもう1つの特徴として、元ネイリストという経歴が挙げられると思います。その頃のことをお聞かせいただけますか。

私がネイリストになったのは、20歳のときです。その前は、大手企業で事務をしていましたが、仕事に面白さを見出せなくて...。昔から私、ファッションや美容には興味があったんですね。そこで、人をきれいにする仕事がしたいと思い、当時はまだあまり知られていなかったネイルの専門学校に入学しました。実際に勉強してみると、思ったとおり、とても面白くて、転職を決めました。

最初は、ネイルスクールが経営するスチューデントサロンや出張サービスで場数を踏み、21歳で正社員として、化粧品会社に入社しました。当時は、ネイルサロンを4店舗運営していて、そのうちの1店舗へネイリストとして配属されたんです。

この会社は、化粧品の売上で収益を上げていたので、施術をしながら、物販もしなければなりませんでした。そんな中、「自分は技術者だから、技術で売上を上げたい」と思うようになり、自分なりに「客数×客単価」を考えながら、実践していったんですね。その結果、入社して3ヵ月で、新店舗の店長に抜擢していただきました。

― すごいですね。その頃からすでに、数字を意識されていたんですか。

そういうわけではなくて、自分の感情で動いたら、結果がついてきたという感じですね。当時は、とにかく施術をたくさん経験したかったんです。でも、そのためには、予約を入れていただかなければいけない。じゃあ、そのために何をしたらいいのだろうか、という単純な思考からなんです。予約表がスカスカだと、淋しくて...(笑)。

数字の意識が芽生えてきたのは、店長になってからですね。店長会議で全店舗の売上が発表されるんですが、当時はどこの店舗もひどいものでした。化粧品の売上がなければ、やっていけない状態だった。それをみたとき、この会社における私たちネイリストの存在意義がわからなくなったんです。そして技術者として、「技術売上だけで採算ベースに乗せたい」と強く思った。とりあえずの目標は、4店舗中でNo.1になることでした。

― その目標は実現しましたか。

初めて自分のお店を黒字化できたのが、店長になって2ヵ月目のことでした。当時、黒字店舗はこの1店だけだったので、その時点で他店は競争相手でなくなりました。それからは、ただひたすら、過去の成績と戦っていましたね。

― 2ヵ月でNo.1とは、すごい! どんなことをされたんですか。

ネイルサロンはサービス業なので、繁閑の波があるんです。平日だと18時以降が込むとか、土日は忙しいとか...。そこで、アイドルタイムにお客様を誘導することを始めました。予約のコントロールですね。キャンペーンを組むなど、積極的に工夫することで、売上はどんどん上がりましたね。

このお店では3年間、店長を務めていましたが、接客も私が一番多く担当していたので、技術を磨けたのは大きな収穫でした。

月100万円の赤字を黒字化

渡辺まどかさん

― その後は?

銀座にフラッグショップという位置づけの店舗があったんですが、当時の部長の抜擢で、そこへ店長として異動することになりました。でもそこは、毎月100万円もの赤字を抱えるお店だったんです。

最初は断ったんですが、この部長は、人間としても上司としても素晴らしい方で、「この人のために、何かしたい」と思ったのも、引き受けた理由の1つでしたね。「半年で黒字化しなさい」という厳しい条件付きでしたが、「この大赤字店舗を黒字化したら、カッコイイよね!」と、ちょっと欲が出てきたのもあったかな(笑)。

― では、そこでのお話をお聞かせください。

異動の際、私は上司に、1つだけ条件を出していました。それは、「スタッフは、自分で選ばせてほしい」というもの。他店舗に対して、不信感があったんですね。こんな自分でも売上を上げることができたのに、なぜ他店舗では上がらないのか。サボっているだけではないのか、と。

そこで、信頼している新人2人をサブにつけてもらいました。彼女たちは、私を信頼して、とにかく何でも協力してくれました。まずは、3人で、基本的なことだけを一生懸命やりましたね。明るくふるまうとか、笑顔で応対するとか、インストアショップだったので、目の前を通るお客様にも、「いらっしゃいませ」と言うようにするとか...。スタートは、そんな状態からだったんです。

― 赤字化した店舗の建て直しに、しかも半年という期限付きでチャレンジするのは、とても大変なことだと思います。不安に感じることはありませんでしたか。

あまり不安はありませんでした。当たり前のことを地道にやっていけば、必ず結果に結びつくと信じていましたから。むしろ、いい意味で期待を裏切りたかったので、「前倒ししてやろう」と思っていましたね。

― 結果はどうなりましたか。

異動した当月が、ちょうど採算ベースでした。そして翌月からは、数十万円の黒字になった。結果的に、実質1ヵ月で赤字をひっくり返すことができたんです。頑張ってくれたスタッフには、本当に感謝しましたね。

― そうなると、会社としては当然、放っておかないのでは?

銀座では1年間、店長として働いたんですが、売上の伸びがすごかったんです。もともと立地もよかったんですが、社長も驚いて、私のことを知ってくださった(笑)。そして、部長から今度は、「東日本地区全体の売上をみるスーパーバイザーにならないか」との提案を受けました。

私は、現場から離れたくなかったので、最初は抵抗しました。でも部長に、「君がこれからやらなくてはいけないのは、マネジメントだ。ここは、技術に特化した施術者になるか、経営に移るかを決断すべきだ」と言われたんです。

部長もうまいこと、言うんですよ。「プレイングマネージャーという言葉を、知ってるか? 君は、ネイリストでありながら、経営も覚えていけるんだ。ネイリストでなくなるわけじゃない」と。たしかに、そのとき、「経営だけやれ」と言われても、引き受けていなかったと思うんです。誘導の仕方がうまかったですね(笑)。

結局、現場の戦力も失いたくないという理由から、週の3日間はネイリスト、2日間は本社で経営を、ということになりました。

(つづく)

プロフィール・会社概要

渡辺 まどか(わたなべ まどか)
元ネイリスト。化粧品輸入商社にて、チェーン展開するネイルサロンの店長からマネージャーまで幅広く経験後、IT系企業の経営企画室室長などを経て2010年1月に独立。現在は、美容業界を中心としたコンサルティングや創業支援、執筆業、講師業などに従事。著書に、『事例80分料理法―受験生最後の日 2つのドキュメント』(共著・同友館)。

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