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さらなる逆境にどう立ち向かうか

文:飯田 順(中小企業診断士)

『吉野家 安部修仁 逆境の経営学』を読む

吉野家を襲った2度の危機

駅前や大通りの一角で、よく目にする牛丼店の看板。牛丼チェーン店のパイオニアである吉野家(現・株式会社吉野家ホールディングス)は、過去2度にわたり会社存亡の危機に直面し、それを乗り越えてきました。

1度目の危機は1980年、同社は事実上の倒産(会社更生法の適用)に追い込まれました。チェーン店経営の急速な拡大が、食材調達の困難と品質(味)の低下をもたらし、顧客離れと、それに伴う資金繰り悪化を招いた末の出来事でした。その後、同社は管財人となった弁護士や、旧セゾングループの支援を受けながら業績を回復させた結果、1987年に更正手続きは終結し、1990年に株式の公開を果たします。

そして2度目の危機は、2004年に突然やってきました。いわゆる"BSE問題"により、アメリカ産牛肉が輸入停止となり、牛丼店が牛丼を販売できないという前代未聞の事態に直面したのです。競合他社が味の異なるオーストラリア産牛肉の使用に踏み切るのに対し、同社は過去の危機を教訓として味・食材の変更を頑なに拒み、断腸の思いで牛丼の販売を中止します。そこで、豚丼などの代替メニューの提供で急場をしのぐ中、やがてアメリカ産牛肉の輸入は再開され、同社の牛丼は根強い吉野家ファンの歓迎を受けました。

本書では、同社が2度の危機をどう受け止め、どのように乗り越えていったかを、同社社長の視点を通じ、「リスクマネジメント」、「リーダーシップ」、「モチベーション」、「ブランディング」などの切り口で論じています。

安部社長の経営手法

リズム・アンド・ブルースのミュージシャンを志して上京。生活費を賄うために、吉野家でアルバイトとして働き、現場での仕事ぶりが認められて正社員として採用されます。その後、店長から営業部長、役員へと頭角をあらわす中、経営再建の手腕が認められ、2000年に同社社長に就任したのが安部修仁氏です。上場企業の社長の中で異色の経歴を持つ安部氏ですが、その経営手法は非常に柔軟であり、中小企業を支援する私たちにもさまざまな示唆を与えてくれます。接客現場での豊富な経験に加え、若くして幹部候補生として見込まれ、同社の帝王学をたたき込まれた安部氏からは、大胆さと繊細さ、寛容と厳格、理性と感情といった対極的な要素を併せ持ち、自社の状況に応じてそれらを絶妙に配合する妙がうかがえます。たとえば、牛丼の価格設定には、10円単位で購買動向を見極める理論的な面と、社員の牛丼に対する想いを汲み取る情緒的な面の両者が垣間見えます。

また、安部氏の経営手法の特徴として、問題が複雑化・重大化するほど、自分の意思をよりシンプルかつ力強い言葉で周囲に伝えることがあげられます。BSE問題の際は、「勝つまでやる。だから勝つ」とのメッセージを周囲に発し、不安にかられる社内の空気を一掃しました。危機の際、社員をもっとも奮い立たせるのは経営者の本音であると、本書では論じています。

3度目の危機

BSE問題を脱した2007年に出版された本書には、"我々は、同業他社はあまり気にしない方がいい"、"コンビニのお弁当やマクドナルドのハンバーガーなど、似て非なるものの方がかえって近いところにある"など、強気とも取れる発言が目立ちます。また、同社の牛丼への強いこだわりや、券売機を置かずに顧客とのコミュニケーション(口頭での注文や、玉ねぎが多めのネギダク、汁を多めにしたツユダクといった個別対応)を重視する姿勢が、業績向上の成功談として"神話"のように紹介されています。

しかし現在、吉野家が打ち出す低価格販売や割引券配布などの手法は、同業他社の模倣を受け、ビジネスの差別性・優位性が薄らいでいます。低価格競争はますます激化し、いつ果てるともしれません。同社の売上高は、本書出版時以降も比較的堅調に推移しているものの、営業利益はBSE問題前に及ばない水準にとどまり、株価は長く低迷を続けています。最近では、新たに蕎麦を主力メニューとする店舗や券売機を設置した店舗の展開など、"神話"をかなぐり捨てた試みが行われているものの、大きな成果はまだ聞こえてきません。

この間、かつて吉野家に在籍した小川賢太郎氏が設立した牛丼チェーン店・すき家(株式会社ゼンショー)は、吉野家を大幅に下回る価格や女性向けメニューの提供などを武器に着実に業績を向上させます。現在、同社はマクドナルドを抜き、売上規模で外食チェーンの頂点に君臨しています。かつてデフレ経済の象徴としてもてはやされた吉野家ですが、今では同業他社の攻勢に苦戦する姿が見られます。

経営上の判断に迷うとき、安部氏は恩師である吉野家の事実上の創業者・松田瑞穂氏と会社更生時の管財人・増岡章三弁護士の言動や、ともに過ごした日々を反芻し、最終的な決断を下します。今でも変わらぬ2人の恩師との信頼関係や彼らを心酔する安部氏の素直さを、ある意味うらやましく思います。

3度目の危機とも言える現在、安部氏の次なる一手が注目されます。状況はこれまで以上に厳しく、楽観できません。しかし、本書を通じ、吉野家がどのような危機に瀕しても、何度でも這い上がる姿を思い描くことができるでしょう。

『吉野家 安部修仁 逆境の経営学』

『吉野家 安部修仁 逆境の経営学』

戸田賢司[著]
四六版・196ページ
定価:1,575円(税込)
日経BP社 http://ec.nikkeibp.co.jp/item/books/169480.html