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メディアを診る・特別編 【第5回】ネイルサロン店長・さくらの読書成長記

文:渡辺 まどか(中小企業診断士)

「セミナー講師デビュー」

さくら、講師デビュー決定

東条さくらがネイリストとして20歳で入社した当時、10店舗だった『ネイルアートギャラリー ティアラ』の系列店は、この3年間で倍増するまでに急成長した。当初は S 店の店長だったさくらも、いまやスーパーバイザーとして、そのうち半分の10店舗を統括する立場となった。首都圏でのドミナント戦略により、狭い範囲で自社のファンを増やそうと、近距離に次々と出店していったのが功を奏したのだろうか。リピーター比率と新規顧客比率も、一定水準の右肩上がりで推移している。カリスマネイリストのような華々しいスタッフは不在だが、スタッフ全員がネイルサロン運営をビジネスとしてとらえ、ストアコンセプトを理解して、日々の接客に勤しんでいる。

そんなある日、本社マーケティング部経由で、数多くの研修を企画運営している M 社から1本の電話が入った。

「いまだ成長産業であるネイルサロン業界にあって、御社はビジネスモデルがしっかりしており、業績も安定していると、もっぱらの評判だ。ぜひ一度、直接会ってお話をうかがってみたい」

この商談には、大野部長のおまけでさくらも同席した。そして、話はトントン拍子で進み、 M 社主催のセミナーでさくらが講師を務めることになってしまったのだ。タイトルは、「成功する美容系サロンの経営ノウハウ」。ふだんから社内研修のインストラクターとしての業務を行っているさくらは、さほど臆することなく講師の話を引き受けたが、冷静になって考えてみれば、初めてのことばかりだ。初対面の人に教えること、講師として大勢の人前で話すこと、専門的な技術や知識ではなく、経営的な内容を教えること。それに気づいたさくらは、迷うことなく書店に向かった。

講師としてのミッション

「講師」や「教え方」といったキーワードがタイトルに付された本は、数え切れないほど並べられている。さくらは、初心者向けのノウハウ集のようなものを求めて何冊か手にとってみたが、イマイチピンとこない。どれも、さくらにとってはハイレベルであるように感じたからだ。手にとっては棚に戻し、また別の本を手にとっては棚に戻しをくり返しているうちに、あるタイトルが視界に入った。『誰でもまねできる 人気講師のすごい教え方』とある。

「あたしにも、マネできるかな?」

半信半疑でその本を手にとり、ページをめくってみた。「はじめに」の部分を読んださくらは、この一文に意外性を感じた。

「気が小さくて臆病者でも講師として活躍できます。それどころか小心者だからこそ、講師として成功できるのです!」

目次をひと通り読んでから、中身をパラパラとめくってみる。イラストや図が適宜挿入されていて、読みやすそうだ。しかも各章の最後には、ポイントがまとめられている。ザッと拾い読みしただけでも、いくつか共感と気づきがあった。

「人に教えるための資格は、あなたに講師としての依頼があり、そしてあなたがその依頼を受けると決断したときに得られます」

「最初から全員に満足してもらおうと考えるのではなく、少なくてもいいので絶対的支持者を集めることが先決です」

「細心の下準備が成功確率をアップさせるのです」

「いい講義は『講師と生徒の共同作業によって作られる』ということを忘れずに」

必要なのは才能ではなく、どれだけ入念な準備をするか。それが、講師にとって大事なことなんだ。しっかり準備してセミナーに臨むことで、1人でも多くの人に「きてよかった」と思ってもらえるようなセミナーにしたい。そして、実際のサロン経営に活かしてもらいたい。

「よし! この本を買って、書いてあることをそのまま実践してみよう。講師デビュー、絶対に成功させるんだ!!」

さくらはそう、心に決めた。

ターゲットのゴールを定義する

セミナーで使用する資料は、マーケティング部と人事部が共同で仕上げてくれたものに大野部長とさくらが修正を加え、開催予定の2週間前に仕上がった。早めに仕上げてくれるよう、さくらが強くリクエストしたのだ。この時点でさくらは、 M 社に問い合わせ、現時点での申込者数や会場のキャパシティ、レイアウトを確認した。こういった確認も事前準備の1つだと、本から学んだためだ。

セミナー全体の所要時間は2時間。内訳は、講義とワークが1時間ずつだ。事前にもらった情報を参考にしながら、仕上がってきた資料を使って準備を本格的に始めた。もちろん、本から学んだことを参考にしながら。

「『簡単な内容についてはスピードを上げること』と『テキストや資料の文章を読む場合はスピードを上げること』」

「専門用語や難解用語は多用しない」

「場を引き締めるときのポイントは、的確な指示を出し、行動させることです」

「『自己の失敗談』と『教え子の成功談』でモチベーションを上げる」

「モチベーションアップの5つの方法―

  1. 可能な限りレベルに合わせた行動指針を明示する
  2. ステップアップできるようにプロセスを細分化する
  3. 到達期日(時間)を予測して伝える
  4. 実践しない場合はどのような問題が発生するのかを伝える
  5. 素直に実践した場合の効果を伝える」

特にさくらが意識したのは、以下の記述だった。

「生徒の参加意識を高めるためには、講師からのメッセージが一番影響を与えます―

  1. 同じ目標に向かっていることを再確認する
  2. 何のために取り組むのか、メリットを明確に示す
  3. 講義に参加できている優位性を知ってもらう
  4. 講義終了後には『こうなっています!』というイメージを持ってもらう」

今回さくらが伝えたいのは、「成功するサロン経営に欠かせないのは、ストアコンセプトが明確であることと、それをスタッフ全員で共有できていること。それさえクリアできれば、売上や利益は自然とついてくる」ということだ。このメッセージだけは絶対にブレないようにと意識しながら、さくらはセミナーの構成を組み立てていった。加えて、自身の失敗談とスタッフの成功談を随所に盛り込むことで、実際のサロン運営のイメージを持ってもらえるように工夫した。

セミナー前日の閉店後、さくらは S 店のスタッフ3名を誘って、カラオケボックスに向かった。目的は、翌日のセミナーのリハーサルを行うこと。セミナーの中でさくらが講義を行う1時間の部分について、マイクを使って本番さながらに話し、感想をもらおうと考えたのだ。自宅でのリハーサルは何度か行っていたものの、大人数の前で講師を務めるのが初めてのさくらは、不安がぬぐえなかったのだ。

いつもの知った顔であるうえに少人数ではあったが、人前でリハーサルをしてみると、さまざまな気づきがあった。みんな真剣に聞いてくれて、率直な感想を言ってくれたのだ。

「話すペースが一定なので、もっと変化をつけたほうがいい。たとえば、大事なところや強調したいところは、ゆっくり話すといいかも...」

「『~と思う』って言いすぎ。『~です』って言い切ったほうが、説得力が増す」

「もっといつものように、身ぶり手ぶりをつけて話したほうがいい」

一方で、よかったところもたくさん言ってくれた。

「難しい言葉が出てこないので、聞いていてわかりやすい」

「実際にあったエピソードに共感できて、聞いていて飽きない」

「伝えたいメッセージがちゃんと伝わってきて、よかった」

こうした感想をもらえて、さくらの中には少なからず、自信が芽生えたのだった。

重要なのは「行動に移してもらうこと」

翌日のセミナーは、募集人数30名に対して参加人数35名と、想定以上の集客だった。『ネイルギャラリー ティアラ』の業界内知名度が、それなりにあるからだろう。雑誌やウェブサイトで、頻繁に取り上げられているおかげだ。参加者層は、20代前半~30代の女性がほとんどで、サロン経営者やマネージャーが大半だった。さくらより明らかにベテランの雰囲気を醸し出している参加者も、少なくない。しかしさくらは、前日にスタッフからもらった言葉を胸に、終始落ち着いて講師を務めることができた。部屋の一番後ろでは、大野部長が立ったまま、さくらを見守ってくれていた。それもあって、さほど緊張することもなく、楽しみながら自分の言葉で、話すことができた。ワークの最中に参加者同士が打ち解けていくのを見ていて、なぜかホッとしたものだ。

質疑応答を終えたセミナーの最後、締めくくりの挨拶をしたときに、参加者全員が笑顔で拍手をしてくれたのが、さくらは何よりも嬉しかった。司会を務めてくれた M 社の社員が終了の挨拶をし、解散になってからも、何人かの参加者は残ったまま、さくらを囲んでの話に花が咲いた。

「今日のセミナーに参加してみて、すごくよかったです。なぜ『ネイルギャラリー ティアラ』さんが人気店なのか、よくわかりました」

「具体的な事例をお話ししてくれて、参考になりました。私もさっそく、今日から実践してみます!」

このような感想をもらえたことも、さくらは本当に嬉しかった。なぜなら、今回のセミナーにおけるさくらの目標は、「伝えたいことを明確に伝え、わかってもらったうえで行動に移してもらうこと」だったからだ。

「東条先生って、まだ20代前半ですよね。すごくしっかりしていて、驚きました」

こう言われたとき、さくらは思った。

「『先生』なんて呼ばれ慣れていないし、恥ずかしいけど、講師の仕事って楽しいな」

『誰でもまねできる 人気講師のすごい教え方』

【今回の1冊】

『誰でもまねできる 人気講師のすごい教え方』

多田健次[著]
中経出版2010/10

公認会計士試験に8年間チャレンジしたものの、結局は資格取得を断念した著者が、自身の勉強コンプレックスや挫折経験を活かし、人気講師として君臨し続けているそのノウハウを、惜しみなく公開している。講師として必要な心構えや、どんな人でもひきつける話し方、講義中に聴講者の集中を持続させる方法など、非常にわかりやすく書かれているため、「自分にもできるのではないか」という自信を持たせてくれる。実践的なスキルが満載で、これから講師の仕事をしようという方のみならず、現役講師にもおすすめの1冊。