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経済学に新たな分野を切り拓く

文:飯田 順(中小企業診断士)

『行動経済学入門』

従来の経済学と行動経済学

  • 市場ではすべての情報が入手可能
  • 取引に要するコストはゼロ
  • 人や企業は利潤を最大化するために最適な行動を選択する

従来の経済学が前提とする上記の世界は、非常に厳格で窮屈な印象を受けます。これに対し、行動経済学と呼ばれる新たな分野が注目を集めています。行動経済学の世界では、人々の行動はつねに合理的とは限らず、心理的な要素、つまり人間の感情に左右されます。私たちが日常くり返す、「パッと見た印象で判断した」、「周りがそうだから自分もそうする」といった行動が、前提として成り立っているわけです。

本著は行動経済学の入門書であり、人や企業が投資や消費で意思決定を図る際、心理的要素が及ぼす影響を、さまざまな実験結果を交えながら解説しています。

"理論"と"感情"のギャップ

行動経済学が描く世界を考えるにあたり、いくつかのケースを紹介します。たとえば、次のケースで、皆さんはどちらを選択しますか。

(ケース1) 80%の確率で4万円がもらえる。ただし、20%の確率でゼロとなる。
(ケース2) 100%の確率で3万円がもらえる。

実験結果によると、約7割の人がケース2を選んだそうです。しかし、従来の経済学が定義する期待値を用いると、ケース1は3万2千円(4×80%+0×20%)、ケース2は3万円(3×100%)となり、ケース1のほうが合理的な選択となります。

また別の実験では、それぞれ異なるグループに、次の計算式の概算結果を短時間で回答してもらいました。

(式1) 1×2×3×4×5×6×7×8=?
(式2) 8×7×6×5×4×3×2×1=?

実験の結果、式1への回答の平均値は「512」、式2は「2,250」となり、大きな開きが生じました(ちなみに、正解はどちらも「40,320」です)。

これらの実験では、合理的とされる判断や値と、人々がイメージした判断や値との間に、無視できないギャップが生じています。このように、どうやら私たち(の感情)は知らず知らずのうちに、「最初に目をひいた情報」や「もっともらしいと感じたイメージ」を、合理性とはかけ離れて過大に評価し、判断に結びつける習性があるようです。

本著では、このほかに「競争入札における価格提示」や「保険加入時の選択」、「金融市場でのノイズトレーダー(非合理的な投資家)の影響」などを事例としてとり上げ、理論と感情、それぞれに基づく行動の間に横たわるギャップの存在や、その原因を解説しています。

経済学はどこに向かうのか

株価や為替レート、商品価格が刻々と変動する現代社会において、各国政府は変動リスクの回避に向けた経済政策を発動し、人々や企業は対応を迫られています。しかし、近年は変動があまりにも突発的かつ大規模となり、従来の経済理論に基づく政策効果は限定的、との指摘もあります。

このような状況は、従来の経済学が陳腐化し、行動経済学にとって代わられることを意味するのでしょうか。著者は、「行動経済学は標準的な経済学と補完関係を持って、現実の説明力を強める」と述べています。おそらく、現実の経済現象は、従来の経済学が前提とする世界と、行動経済学が前提とする世界、双方の上で成り立っており、今後の研究の進展により、両者がさらに密接にかかわっていくのではないでしょうか。

経済学と聞くと、とっつきにくい印象を受けるかもしれませんが、本書を通して行動経済学と従来の経済学、それぞれが描く世界や人々の行動を対比することで、身の回りの経済現象がより身近なものとして感じられ、理解が深まるのではないか、と思います。

『行動経済学入門』

『行動経済学入門』

多田洋介[著]
四六判・238ページ
定価:1,995円(税込)
日本経済新聞出版社刊 http://www.nikkeibook.com/