経営コンサルタントの国家資格”中小企業診断士”の情報が満載です。 中小企業診断士の広場

中小企業診断士の広場

メディアを診る

「食」が導く地域振興

文:上田 恵美子

『「食」の地域ブランド戦略』

「食」にチャンスが到来

地域ブランドの形成には、全国自治体が目指す方向となっているのはご存知のとおりです。いろんな分野の地域ブランドの中でも、「食」による地域ブランドは誰にとっても身近でメディアでも頻繁に取り上げられています。

一連の食品に関わる不祥事や、メタボ対策などの健康への関心の高まりによって、地元で地道に事業を積み上げてきた事業者にこれまでになかったチャンスが巡ってきました。しかし、良い商品であるにも関わらず戦略が欠けているがために地元で眠ってしまっている例も見かけます。本書の先行事例は、「食」に関わる仕掛けにいくつかのヒントを与えています。

地域ブランド化へのステップ

地元の特産や名物料理などを「地域ブランド」と呼ばれるまでに育てあげるのは、商工業者や農業者などの地元の事業者を中心として、共通の思いを持つことが必要とされます。その時に、商店街や観光地振興と同様に、関係者の間で経営の熱意や考え方が違っていて一致団結できないことが少なくありません。また、資金の問題や時には法規制が立ちはだかることもあります。そんなさまざまな課題をクリアして、ブランドとしての共通認識を内外に広めていった事例がこの本に紹介されています。

本文で取り上げられている事例を見ると、どの事例にもほぼ共通したステップがあります。どの地域にも地域ブランドを作り上げるための素地となる特産や店舗あるいは風土があり、それらを利用して、(1)まず地域で素材を発見してブランド化のための組織立ち上げ、(2)次に立ち上げた組織の関係者で地域ブランドのコンセプトを共有しプロモーションして行き、(3)さらに事業を拡張するための新しい展開を行うという、3ステップを経るのがほとんどのパターンとなっています。事例に寄りますが、(2)の組織関係者でのコンセプトの共有やブランドの管理をどのように進めたかの苦労話が興味を引きます。イベントを通じて内外にブランドを浸透させたり、個店の徹底した意識改革を行ったりと、方法はさまざまです。

(3)の新しい展開の例としては、大学や県や国や、同じ地域ブランドに取組もうとする他の地域との関係強化を進めていくなど、地域内外の他の組織との関係を深めていく展開が見られます。例えば近年は、八戸せんべい汁、盛岡じゃじゃ麺、高岡コロッケ、明石玉子焼きなどの「B級グルメ」(高級な食ではなく、地元の暮らしの中で生まれて愛されてきた食)の全国大会である「B-1グランプリ」が開催されています。第1回のB-1グランプリはこの本で事例として取り上げられている八戸で開催されました。

各地の10の事例と5つの分類

この著書では「食」の地域ブランド戦略が5つのカテゴリーに分類され、10の事例が紹介されています。1つめのカテゴリーは「地域ブランド品の形成」で、富山湾深層水の事例があげられます。地域が持つ素晴らしい素材にどのように付加価値をつけていくのか、その試行錯誤が紹介されます。

2つめのカテゴリーは「新しい「食」と不思議な空間」で、帯広市と八戸市の地元の屋台街や水産物市場の事業について、立ち上げからの展開が紹介されています。

本文で紹介されている八戸市の「みろく横丁」は本八戸駅から徒歩10分ほどの市街地のビルの谷間にあります。私が実物を見た印象ですが、人通りが少ない中心市街地と、昭和を感じさせる街並み風に作られた「みろく横丁」とのコントラストがおもしろかったです。それに店舗経営に横丁全体での一帯感が感じ取れます。筆者が言う「単店優先ではなく、集合体優先ということが、結果的に単店利益をもたらすということが理解できれば、ハード面でもソフト面でも集合体が最適化されていくのだろう」というのが、わかるような気がしました。集合体を重視しつつも、各店舗の個性が失われずにいるテナントミクスがされている、そこが横丁の魅力となっているようです。テナント募集の視点や横丁のコンセプトなどが、本文で紹介されていて納得しました。屋台の横丁は全国に見られるようになっていて、屋台というハコモノの奇抜性や先進性だけに依存した経営はすでに成り立たなくなっています。テーマパーク型の昭和レトロのブームがいつまで続くのか、とってつけたような街並みでの経営はそろそろ次を考えないといけないようには思います。より本質的な横丁の持つ魅力を追求している横丁の今後の展開が期待されます。

3つめは「『食』を軸にした街づくり」で、この著書では、長崎、横須賀、駒ヶ根、西宮の事例があがっています。話の中心は、すでにあった個々の店舗、長崎は中華料理、横須賀はカレーライス、駒ヶ根はソースかつ丼、西宮は洋菓子(ケーキ)を、地域で組織化して、地域ブランドとすることで効果をあげていったというものです。

4つめに「農山村の『むらおこし』」として、徳島県上勝町の葉っぱビジネスと、栃木県茂木町の田畑のオーナー制度と農家レストラン、5つめに「『食』の産官学連携」として、岡山県津山市と美作大学の取組みが紹介されています。共著の事例集なので、事例によって鋭い切り口からの取材と、表面的な紹介にとどまっているものとありますが、全体として近年の地域の戦略がうかがわれます。

飽食の時代から、暮らしの中の食の時代へ

都市にいながら季節を問わず様々な食材が手に入るという豊かさへの危機感が徐々に消費者に広がりつつあります。「安全で安心な「食」に出会いたい」、そうした消費者ニーズは食品に関わる事件による一時的なものではなくなりつつあります。また、文化としての「食」も注目されます。ブランド=高級志向はすでに成り立たなくなっていて、不況下にはむしろ庶民感覚が求められます。プロによって洗練された食文化だけではなく、地方都市や農村で味わう暮らしに根付いた「食」による郷愁、丁寧に手作りされた「食」から伝わる安心感、味わいの空間である店舗や横丁などのちょっとした遊び心など、「食」はいろんな文化の媒体でもあります。消費者の関心は、「食」と同時に受け取るプラスαにも広がっていると言えます。

一般に地域ブランド戦略と言われるところは、ブランドとして産地としての「食」への信頼を勝ち取って価格競争を避け、高額で市場に流通させようというものですが、この本で語られる地域ブランドはかつ丼やカレーライスなどの地域の文化や暮らしと結びついた地元住民のためのものでもあるように思います。この本のほとんどの事例が消費者との対面であり、製造・販売が近接していることがそのことを物語っています。この不況下には、こうした背伸びしないブランド、人の温もりが伝わるような販売こそ、頑張って欲しいものです。

『「食」の地域ブランド戦略』

『「食」の地域ブランド戦略』

関満博・遠山浩[著]
272ページ
定価:2,500円(税込)
新評論刊 http://www.shinhyoron.co.jp/