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社風は社員が作る

文:村橋 保春

『ローカル線ガールズ』

会社の理念を明確にする

えちぜん鉄道(えち電)は福井県内を走るローカル線である。福井市と三国港を結ぶ三国芦原線と福井市と勝山を結ぶ勝山永平寺線の2路線からなる。一両編成の車両に乗車し、切符の販売、乗降の補助、観光案内等の業務を担う「アテンダント」の女性が本書を著している。写真がふんだんに使われている。見開き2ページが全部写真の場合も多く、えちぜん鉄道のコーポレートカラーである青色がさわやかさと清潔感を伝えてくれる。著者の気持ちが同書全体に満ち満ちている。

えち電は2000年、2001年と続けて重大な死傷事故を起こしてしまった旧京福電鉄である。国土交通省から業務改善命令を受け、運行再開の条件を満たすために必要な費用を捻出できず廃線となる。代替交通手段として路線バスが用意されるものの、地元の生活環境が悪化し周辺住民から運行再開が強く求められ、第三セクターの鉄道会社として、再出発したのがえちぜん鉄道である。マイナスからのスタートではあるが、設備投資は県が負担し、経常赤字は周辺市町村が補填して、公共交通機関としての安心・安全な再生を目指すこととなった。

「アテンダント」はえち電が誕生されたときに導入された。付き添う人、お世話をする人として、車両に乗車する。「費用の無駄」とする考えに対して、「安全」同様、「サービス」への資金投入はコストではなく投資であると主張し、導入に踏み切った。設備投資が不十分な状況に対して、アテンダントがカバーする意味合いも含む。なかなか智恵者の判断である。

えち電の誕生、アテンダントの就任・特訓に関しては、「第二章 小さな電車の大きな奇跡」に詳しく記されている。この章では、以下の文章が示されている。

『鉄道業と小売業は、同じです。

駅の待合室や電車の中は、小売業にとっての店舗です。きれいな「店舗」はお客様に喜ばれます。駅務員や乗務員は、店員さんと同じ。真心を込めた「接客」をすれば、気持ちよく利用していただけます。(中略)

そもそも電車は、「客を乗せる」ものではなく、「お客様に乗っていただく」ものなのです。』

鉄道業において「安全」は不可欠である。旧京福電鉄の廃線に至る経緯を考えれば、誰もが重要であると理解し、痛感している。同社が地域に支持される鉄道として再生したのは、会社の理念に「安全」にとどまらず「サービス」まで取り入れたところにある。その象徴がアテンダントであった。

社風は社員が作る

会社の理念がふさわしいものであれば、それだけで会社は順風満帆、大過なく突き進むことができるか。さにあらず。運転再開後、アテンダントの苦労は続く。「第三章 あんたは要らない」、「第四章 仕事は、自分が作るもの」では、立ちはだかる課題を克服するための悪戦苦闘の様子が記されている。気にかかる文章を拾ってみたい。

『私たちがよかれと思ってやることが、必ずしもお客様に喜ばれるとはかぎりません。お手本とする先輩もいない、どんなサービスを提供すべきというマニュアルもない、派遣社員の私たちは、とにかく手探りしながら場数を踏んでいくしかなかったのです。』

『私たちは、アテンダント部屋に「連絡ノート」「情報交換ノート」を置くことにしました。こんなことがあったら、みんなはどう対応するだろう。こんな事をお客様から質問されたら、みんなはどう答えるんだろう――日々の乗務で疑問に感じることを書き込んで、アテンダント全員で閲覧し、レス(返信)をつけ、意見交換したり解決法を探し出したりするのです。学習したことや経験をアテンダント全員で共有することにより、みんなで成長していけますし、最終的に統一した接客マニュアルの完成につながります。』

『えち電が走り始めて約一年後、私たちは「調べる隊」を結成しました。お客様の質問に対して「わかりません」「知りません」ではいけません。なあなあでお茶を濁してはいけません。派遣社員ではあっても「えち電のアテンダント」なのです。』

ここでは、明らかに、社風が作られていく過程が読み取れる。会社の理念は、経営陣から伝えるものである。しかし社風は、会社を構成する全員が組み上げていくものである。自発的に「連絡ノート」、「情報ノート」を作り、問題意識を持って「調べる隊」を結成する。アテンダントをはじめとして、えち電に関わる人たちが、会社を通じてお客様、地域の人たちにいかにして貢献しようと取り組んでいるかが伝わってくる。「えちぜん鉄道の優しい成功」の本質はここにある。

姿は見えねど「仕事」が見える

『アテンダント泣かせの雪の季節が訪れ、どっかり積もった雪に溜息をつきつつ駅に行くと、線路上から雪がほとんど消えている。乗務中、車両内の蛍光灯が一本切れていると気づいて終点到着後に報告、折り返し運転までの十分間の休息を終えて電車に戻ると、切れていたはずの蛍光灯が煌々と輝いている』

この文章に『姿は見えねど「仕事」が見える』と続く。そして、施設区・車両区のスタッフへの感謝の言葉を述べる。同書はアテンダントの業務について著されたものであるが、運転士、駅務員など、えち電の関係者にも心配りをしている。関係者は、俺がやったぞといった不要な自己顕示欲をひけらかすことなく、与えられ、求められた職分を粛々と進めていく。しかし、その仕事振りには、携わる仕事に対する健全な自負心とお客様と仲間を思いやる貢献意欲が感じられる。

本書を読んでいただきたい。きっとえち電に乗りたくなるはずである。アテンダントの仕事振りを見たくなるはずである。

『ローカル線ガールズ』

『ローカル線ガールズ』

嶋田 郁美[著]
四六版・191ページ
定価:1000円(税込)
株式会社メディアファクトリー刊 http://www.mediafactory.co.jp/