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あらためて認識される「高齢者問題」と「買物」の重要性

文:濱 満久

『買物難民-もうひとつの高齢者問題』

著者の問題意識のきっかけ

本書を執筆した杉田氏は哲学を専門とする研究者です。しかし、本書は決して難解で抽象的な哲学書ではなく、「買物難民」というきわめて現実的な内容を取り扱ったものです。しかも、そのアプローチは何らかの原理原則から対象を捉 える演繹的な見方ではなく、ヒアリングやアンケートなどの社会調査をもとにして現場の状況を捉えていく帰納的なアプローチなのです。筆者は40代後半から社会調査の方法を学んだ上で本書に取り組んでいるわけですが、わざわざそこまでするきっかけとはいったい何だったのでしょうか。

それについては、本書あとがきにあるように筆者の母親の体験、つまり「買物難民」という体験があったからだとしています。では、その「買物難民」とはいったいどういうことを指すと筆者はいっているでしょうか。

現実に起こっている「買物難民」

本書の導入では「豆腐さえ買えない」という、インパクトのある出だしからその内容が始まっていきます。現在、モータリゼーションの進展とそれに伴う、商業など生活に必要な施設の郊外化が起こっています。これにより多くの高齢者が豆腐など日常の食材を買うことに大きな困難を抱えており、それは深刻な問題であるという認識を筆者はもっています。そこで筆者の行った膨大な調査データより高齢者の生の声を拾い出すことで、具体的にどのような困難があるのかということを克明に描き出します。
 たしかにバリアフリーという用語も浸透し、一見、高齢者においても多くのバリアは除かれたと思われがちです。しかし、本書で紹介される高齢者のリアルな叫びは、そういったわれわれの認識にまだまだ大きなギャップが存在していることを強烈に突きつけます。

「買物」に伴う困難性

では、筆者のいう「買物難民」が直面している問題とはどのようなことでしょうか。また、われわれの認識とどのようなギャップがあるのでしょうか。
 まず、筆者が指摘するバリアとして「距離」があります。買物に際して、単にバスやタクシーなどが利用できれば解決されるというものではありません。たしかにそれらが整備されることで、高齢者の買物における負担は軽減されるかもしれないが、だからといってすべてが解決するわけではありません。
 例えば運賃もそうです。買物が時々であればそれほどの負担にはならないかもしれないが「日常」の買物となると、その頻度は高まり運賃負担もそれだけ大きくなります。またバスの場合には、バス停までの距離、座席に座れない場合の負担(しかも買物袋をもっている)、乗降時の段差など高齢者にとってはその一つひとつが大きな負担となります。さらに問題は店舗までの距離だけではありません。たとえ店舗に到着することができても、今度はその広い店内が負担を与えることになってしまいます。当然ながら広い分、移動も増えます。つまり距離が増えるほど、それに比例して先述のような負担が増加してしまうのです。
 また本書では「距離」以外の買物に伴う負担として、例えば店内や商品の表示の小ささや陳列棚の高さ、さらにはレジで支払い時のお金の出し入れといったことまでが指摘されています。非常に細かいことであり、われわれにとっては何でもないようなことだが、高齢者においては一転して負担となってしまう。しかも、それはわれわれが想像する以上に大きな負担となり、結果的には買物が億劫になってしまうのだと筆者は指摘します。

「買物」へ行けないことによる困難性

筆者の指摘はそれだけにとどまりません。今度は買物に行かなくなる(行けなくなる)ことで、高齢者の栄養状態にも悪影響を及ぼすというのです。つまり食事をあり合わせで間に合わせる、つくり置きを冷凍するなどです。これらは結局栄養を偏らせることになり、その結果、健康にも害をもたらしてしまうことになるという、悪循環をもたらしてしまうということです。
 では、仮に買物を援助してくれる親類や近隣の方がいた場合は、こういった問題は解決されるでしょうか。

その当事者でないわれわれであれば、おそらくその時点で問題は解決すると思うかもしれないが、実際はそうではありません。そこから、より現実的に想像力を働かせることが必要になります。もし自分がその立場になったとき、どう思うでしょう。それほど気軽に援助を頼むことができるでしょうか。それが時々のことであれば、それほど気をもむこともないかもしれないが、ここでは「日常」の買物の話となります。一見、何でもないようなことに思えるかもしれないが、単純にその頻度が高くなればなるほど、援助を頼む側もそして頼まれる側も身体的・精神的な負担は大きくなるのです。

本書によってあらためて示されること

本書によってあらためて示される事実として、特に次の2点があげられます。まず、1点目は高齢者問題というものがいかにわれわれの認識している以上に難しいかということです。筆者が指摘する困難性はとても細かい内容で、それだけに通常は見過ごされがちになります。しかし、当事者である高齢者の視点にたったとき、それに伴う困難性というものは実はわれわれの認識を遥かに上回るのです。本書はそれを詳細な調査によって、高齢者のリアルな声を拾い出すことで強烈に知らせてくれます。
 2点目は1点目と関連するが、われわれにとってごく日常の活動である「買物」が、いかに重要であるかということをあらためて再認識させてくれることです。

要するに本書は「買物」活動を通して高齢者問題の重大性、困難性を示しているわけだが、それは同時に、われわれが当たり前に行っている「買物」の重要性を如実にあらわしているということができます。普段、何気なく当たり前のように行っている「買物」。しかし、いったんこれが困難になってしまうと、生活を成り立たせることにどれほど大きな困難をもたらすかということが本書によって強烈に示されています。

今後に向けて

では、このような「買物難民」という高齢者問題に対して、どのような対応があるのでしょうか。本書でもそれについて、商店街での取り組みなどいくつかの事例が紹介されます。しかし、それらはいずれも高いボランティア精神に基づいたものであり、継続性や事業性という点からはあまりにも不安定といわざるを得ません。たしかにボランティア精神は必要ではあるが、だからといってそれだけを担保にするというのは現実的ではありません。ボランティア精神だけではなく、今後はそれを支える何らかの仕組みを考えていくことが必要になるでしょう。

高齢者問題、それは決して他人事ではありません。老いは誰にでも必ずやってくるものです。しかも、社会全体の高齢化は今後ますます高まることを考えると、これは行政だけに任せればよい問題ではなく、多くの主体を巻き込んだわれわれ自身の取り組みが重要になることは間違いないでしょう。

『買物難民-もうひとつの高齢者問題』

『買物難民-もうひとつの高齢者問題』

杉田聡[著]
四六判・208ページ
定価:1,600円(税込)
大月書店 http://www.otsukishoten.co.jp/