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「当たり前」から重要な「意外性」を見つけるために

文:濱 満久

『なぜ人はショッピングモールが大好きなのか-ショッピングの科学ふたたび』

徹底した現場の「観察」

筆者のアンダーヒルはマーケティングコンサルタント会社のオーナーであり、「小売の人類学者」といわれています。「小売りの人類学者」、それは本書の導入でも語られているように、小売店、映画館、郵便局、レストラン、銀行などのさまざまな場で人びとを徹底して「観察」するということを意味しています。実際に筆者はそういった商業スペース内だけでなく、教会にいる時でさえ人びとの様子を観察すると述べています。そうすることで筆者は顧客と商品や商業空間との間にどのような相互作用があるのかを指摘するのです。 本書は、そのような筆者の徹底した「観察」によって生み出されたショッピングモールのマーケティング論ということができます。ただし、当然ながら本書はアメリカを前提として描かれています。したがって、本書の指摘がそのまま日本に当てはまるわけではありませんので、その点については留意が必要です。
それでは、筆者は具体的にどのようなことを指摘しているでしょうか。すべてのことについて言及することはできませんので、ここでは一例を示すことで本書の紹介にしたいと思います。

店内での「歩き方」から考えること

例えば、筆者は「人はどのようにモールのなかを歩くか」で歩き方がショッピングの仕方に大きく影響することを指摘しています。中小企業診断士であれば、店舗内での消費者の移動については、おそらく「客動線」調査という形でこれまで考える機会があったのではないかと思います。一般的には客動線の長さと消費者の買い上げ個数は正の相関関係があると理解されています。このことから客動線を考える場合、フロアレイアウトなどいかに距離をのばす「客導線」とするかということが考えられています。
 しかし、筆者が消費者のモール内での歩き方から導き出す意味は、それだけにとどまりません。たしかにモール内の滞在時間の長いほうが消費者の使うお金が増えることは筆者自身も否定はしません。だからといって、単に消費者の滞在時間を長くすればよいと考えるのではなく、あくまでも効率的に利用しやすい配置こそが、そこで買物するかどうかを決めると指摘します。
 筆者はやみくもに滞在時間を引き延ばそうとすることは、単に消費者がモール内で目的物を探すのに道に迷わすような、よけいな苦労を与えるだけだとしています。したがって、ここで重要なことは単純にモール内の滞在時間をのばせばよいと理解するのではなく、一見、それと矛盾するようにも思える効率的な配置ということも考えなければいけないということです。

コンサルティングに必要な素養

このように筆者は単に「滞在時間→売上」と単純に捉えるのではなく、そこへさらに「効率的配置」という要因をあげたのですが、これについての意義を2点に整理します。1つは、「滞在時間」という一要因だけでなくそれ以外の「効率的配置」というさらに別の要因を見出したこと。もう1つは、内容そのものは言われてみれば当たり前のことで目新しさはないかもしれないが、しかしそれはとても重要な指摘であるということです。おそらく、これら2点はコンサルティングをする際に不可欠な素養といえるのではないでしょうか。決して難解なことを指摘するのではなく、誰もが知っているようなことではあるが、それでも言われてみれば「なるほど」と思えること。これを可能にしているのは、まさに筆者の徹底した「観察」の積み重ねといっても過言ではないでしょう。

本書から学ぶべき点

本書は、ここで取り上げた以外にもさまざま細やかな点について指摘する。しかもそれらは通常であれば気にも留めず見過ごしてしまいそうなことであり、一見、当たり前のようでもあるが、実は意外にも重要な指摘となっています。ここではごく一例を紹介したに過ぎませんが、本書にちりばめられた多くの指摘は読む人それぞれに、それぞれの新たな気づきをもたらしてくれることでしょう。本書にある多くの指摘は、まさに筆者の徹底した観察があったからこそのものだということができます。ただし、日本のショッピングモールについても述べられていますが(その対象範囲の広さには敬服しますが)、その内容はすでに言い古されたことで、特に意外性はありません。少なくとも私はそう思いました。この点については無いものねだりになりますが、世界のモールを観察している眼から日本のモールがどのように映るのか、ということに興味をそそられていただけに少し残念ではありました(もちろん、だからといって本書の価値が減殺されるかというと決してそうではありません)。
 むしろ本書で学ぶべき点とは、筆者の徹底した「観察」と、それに裏打ちされた「当たり前だけれども重要である」ことを見つけ出す視点・考え方にあるといえるのではないでしょうか。

『なぜ人はショッピングモールが大好きなのか-ショッピングの科学ふたたび』

『なぜ人はショッピングモールが大好きなのか-ショッピングの科学ふたたび』

パコ・アンダーヒル[著]/鈴木主悦[訳]
B6判・340ページ
定価:1,890円(税込)
早川書房 http://www.hayakawa-online.co.jp/