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あたりまえのことができることはすばらしい

文:宇都宮 譲

『職場はなぜ壊れるのか-産業医が見た人間関係の病理』

人事制度の失敗

現在様々な職場で、職務に由来する疾病・自殺が多発しています。看過できないこうした事態について本書は、なぜこうした事態が発生し、またどうすればよいか考察します。

冒頭から、愉快ではない事例紹介が続きます。景気が悪いからと一時的避難措置として導入して恒常化した成果主義賃金やハラスメントに対する甘い措置、派閥と談合を生む360°評価、他人に仕事を押しつけておきながら自分は高い評価を得て平気な人々など、放置すると大変な問題を引き起こすことがわかっている人事制度が運用され、また同様に問題をもたらす上司が幅をきかせます。結果として人々はすっかり労働意欲を失い、はなはだしい場合には人生に自ら終止符を打ってしまった人もいるのです。
 人事制度を改変して労働意欲と労働生産性とを同時に向上させようとしましたが、見事に失敗したのです。

さて、本書中には、メンタルヘルス問題や過労死といった惨事が発生する背景には、意思決定をする人物が保身を図り、機能しない制度を改変することをためらう様子が散見されます。一方で私たちは、「いつまでも財政出動などするから国庫が赤字なんだ」「○○産業は談合ばかりしている」「途上国なんて、いつまでも学習しない」と、根拠もなく自分とは無関係であるように振る舞い、批判します。しかし、責任をとるべき人物が責任をとらず、問題が発生する原因となる人物や制度を放置しているという点は、部門は異なりますが同じようです。他人をあげつらっているヒマがあるなら、まず自らの来し方をふりかえる必要があるのではないでしょうか。

職場を改善するには

事態を改善するポイントを、本書に従いながら3つ示します。いずれもあたりまえといえばあたりまえです。しかしできないから、苦境に至ったのではないいでしょうか。

1.人事制度変更は伝家の宝刀

人事制度変更は従業員に対して与える影響が大きいことから、伝家の宝刀と位置づけられます。しかし、人事制度変更は本書に示されるように、予想したようにはかばかしい効果が得られないことがあります。こうなると伝家の宝刀も切れ味を失うばかりか、二度と使えなくなってしまいます。
 伝家の宝刀は抜かないところに価値があり、抜かずに済む方法を考えた方がよいです。職務を見直すなど、人事制度変更以外にも他に出来ることはたくさんあります。

2.上司の仕事は教育訓練

本書によれば、上司が職務上発生する責任をとってくれて、また議論の仕方を教えかつ機会を提供してくれれば、労働意欲が向上するといいます。面倒な手間をかけて人事制度を改変するより、ずっとよいです。上司らしい上司であればそれでよいのです。
 現在運用されるような保身を促す制度下では、どうせなにをやっても高い評価を得られはしません。どうせ高い評価を得られないなら、自由闊達に過ごす方が精神衛生上よろしいでしょうし、健全な職場が構築されるのではないでしょうか。

3.概念をもてあそばない

成果主義、スキル、かつては専門家しか知らなかった人事制度に関する用語が、話題になることも多くなりました。あるいは、戦略や進化など、企業経営を考えるときに便利な概念が頻繁に移入されるようになりました。しかし、こうした概念はわが社が目指す姿や直面している状況を精確に表現しているでしょうか。問題を正確に認識することにおいて障害となってはいないでしょうか。安易な借り物の概念ではなく、誰もが了解できるようなやさしい表現を用いるにこしたことはありません。
 末尾ながら、本書は中途にあまり本筋とは関係ないエピソードがはさまれていたりもします。結論も実行可能かあやしいところです。しかし、事実がもつ独特のすごみがあって、読み進めることはたやすいです。購読をおすすめします。

『職場はなぜ壊れるのか:産業医が見た人間関係の病理』

『職場はなぜ壊れるのか-産業医が見た人間関係の病理』

荒井千暁[著]
新書判・222ページ
定価:735円(税込)
筑摩書房刊 http://www.chikumashobo.co.jp/