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中小企業経営者が印象に残った本

文:三澤 響(中小企業診断士)

山本周五郎著『樅の木は残った』

大同生命保険(株)が100周年記念事業として、2003年1月に、中小企業経営者アンケートを行っています。その調査報告書の中に、「最も印象に残った本」というアンケート結果が掲載されていて、10人以上の経営者から回答があった約50冊の本が紹介されています。

中小企業経営者がその本のどんな点に感銘を受けたのかを知ることは、中小企業診断士として経営者の視点に少しでも近づく鍛練なのだと考え、今回は、そのリストにある『樅の木は残った』(山本周五郎著)を手に取りました。この本は、1970年のNHK大河ドラマでドラマ化されています。

伊達騒動

この本は、江戸時代初期に仙台伊達藩で起こった「伊達騒動」を題材にしています。三大お家騒動の一つと言われる伊達騒動とは、3代藩主の伊達綱宗が放蕩を理由に強制隠居させられたことを契機として、伊達御一門の伊達兵部宗勝、家老の原田甲斐宗輔一派と、同じく伊達御一門の伊達安芸宗重一派との間で発生した権力争いです。騒動収拾のため、江戸幕府が伊達藩関係者を召喚した際に、大老酒井忠清邸にて、原田甲斐が伊達安芸を刺し殺したとされる結末からも、従来の歴史解釈では、「原田甲斐は伊達騒動の極悪人」というのが通説となっていたようです。

コペルニクス的

しかし、この従来の歴史解釈に、「コペルニクス的転回」(新潮文庫「樅の木は残った」解説より抜粋)を加えたのが山本周五郎の「樅の木は残った」です。この新しい解釈では、伊達騒動の背景には、江戸幕府の大藩取りつぶし計画があり、お家騒動は、取りつぶしを実行する理由付けを得たい江戸幕府が扇動したとしています。

原田甲斐はこの幕府の思惑にいち早く気づき、伊達六十二万石の安泰を図るために奮闘します。「伊達藩を守る」という強い思いを達成することだけを目的とし、そのためには、旧来の友人をも裏切り、誰にも本心を明かさず、自らに悪評が立つことも厭うことはありません。

私心を徹底的に捨てて、藩のためだけに生き、そして自分や家族の死と引き換えに伊達藩の安泰を得た原田甲斐の姿は、従来の極悪人という評価とは大きく異なります。詳しい内容は、ぜひ、実際に読んで感じていただければと思います。

経営者にとって

さて、なぜ経営者は、この本に感銘を受け、印象に残った本として推挙するのでしょうか。その理由は2つあると考えます。

1つ目は、物事は多面的に見るべきで、必ず裏表の見方に目を配るべきだという教訓がこの小説にはあるからでしょう。つまり、従来、極悪人で、伊達藩の権力を握ろうという「私心に満ち溢れた」原田甲斐と、温厚で思慮深く、江戸幕府という大きな力に立ち向かった「私心のない」原田甲斐のコントラストは、自分の立ち位置や考え方を変えてみると、物事の見え方が180度変わるということを示しています。

この多面的な分析が、日々、重大な経営判断を迫られている経営者にとって、必要不可欠な教えになっているのではないでしょうか。そして、この考え方、見方は、私たち中小企業診断士にとっても、とても必要とされる力量であると、私は考えています。

2つ目は、「私心を捨てて、伊達藩を守る」という小説全体を通して流れる原田甲斐の考え方が、「私心を捨てて会社を成長させる」という思いを持つ経営者に共感を呼ぶのではないかと思います。

経営者として、己の欲や満足を得ることと、会社を守ることが相反した場合、果たしてどちらを優先させるべきなのかという少し求道的な問いを、この小説は考えさせるのではないでしょうか。

組織やコミュニティのために

最後に、この小説は、「組織を生かすために自分を殺す」という現代では少し胡散臭さを持って迎えられる日本古来の思想を余すところなく表現しています。しかし、時代遅れと言われる考え方であるにもかかわらず、その古い思想を貫いた原田甲斐の生き方にはなぜか颯爽とした格好良さを感じます。

『樅の木は残った』を通して、経営者だけではなく、組織に所属する人間も、その所属する組織やコミュニティの中で、自分がどういう立ち振る舞いをするのかということをあらためて考える機会になるのではないでしょうか。

『樅の木は残った』(上) 『樅の木は残った』(中) 『樅の木は残った』(下)

『樅の木は残った』(上)(中)(下)

山本周五郎[著]
文庫版 上巻448ページ、中巻416ページ、下巻464ページ
定価:(上下巻各)660 円(税込)、(中巻)620円(税込)
新潮社刊(新潮文庫) http://www.shinchosha.co.jp/