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東日本大震災後の支援現場から―株式会社東日本大震災事業者再生支援機構 高橋尚志さん

取材・文:平井 彩子(中小企業診断士)

【第1回】東日本大震災からの事業再生支援

2017年12月14日更新(取材日:2017年9月20日)

平成23(2011)年3月に起きた東日本大震災。東日本大震災事業者再生支援機構は、震災前の債務が現在も負担となっている事業者に対し、事業の再生・再開に向けて金融機関と連携しながら支援を行う機関で、設立以来700件を超える事業者の方へ支援を行っています。
第1回は、本機構の設立時から勤務する高橋尚志氏に、震災からの事業再生・事業再開のご苦労、特殊性についてお話しいただきました。

被災事業者のご支援とは

―東日本再生支援機構との出会いについてお聞かせください。

私は秋田県生まれで、学校卒業後に北都銀行に入行しました。12年ほど勤めた後、苦しい事業者さんをご支援したいと、群馬県の再生支援協議会に転職しました。そこで4年ほど勤め、そろそろ東京を拠点に全国のご支援をと思っていた矢先に、東日本大震災が起きました。テレビで流れる津波の映像を見て、東北出身者として地元に戻ってお手伝いできることをと考えていたときと、本組織の設立が時を同じくし、応募をしました。

―通常の事業再生と震災からの再生は、どのあたりに違いがありますか?

本機構では、事業再生計画づくりの支援、震災前の債務の整理・調整、事業の再生支援を行っています。通常の事業再生は事業があり、債務の大きい問題に対処していきますが、被災地の事業再生は、工場や販路がすべてなくなり、売上がゼロの状態から始まります。債務の大きさの問題ではなく、売上が立つか立たないかからスタートするため、まったく想像がつきません。そういう意味では、二次破綻を覚悟して支援をしなくてはならず、設立当初の支援はこちらも苦しかったです。
もちろん、売上のない企業に金融機関は新規融資をしませんし、いま背負っている借入金の返済の目途も立たないのに、誰が支援をしてくれるのだろうというところからのスタートですので、事業者さんを何とか奮い立たせて金融機関を説得し、借入金を減らして伴走していくのは大変です。

―本当に大変なご支援でしたね。

特に震災直後は大変でした。私の担当は岩手県と青森県でしたが、ホテルや旅館は稼働していないため、1ヵ月ほどはレンタカーの中で泊まったり、仮設住宅で一緒に寝泊まりさせてもらったりの生活でした。パソコンを持って、その場で資料を作りながらの支援です。津波で流され、資料はまったくありませんので、とにかく事業者さんの話を聞き、その場でパソコンを使って計画を作るんです。金融機関のデータに過去の決算データが残っていればそれをもらったり、税務署で過去の申告書をいただいたりできれば良いのですが、その余裕もないため、ヒアリングベースで資料を作り、金融機関にご理解いただくためにどうすれば良いかと動いていました。
一番のピークは平成24~25年で、1日最低10社は回りました。朝は早ければ5時から事業者さんの仮設住宅に行ってヒアリングをし、終わるのが20時か21時頃で、そこから食事をしながらまた作業を進めていくという状態でした。

―支援する側もされる側も、体力が必要ですね。

岩手・青森班は15名ほどで担当していました。2人ペアで回るため、家族よりも近い関係になり、お互いに励まし合いながらの仕事です。被災者も私たちも大変な支援で、職員にも精神力と体力が必要でした。
とはいえ、当然ながらどうにもならない事業者さんもあります。これは法的整理をするしかないと、泣く泣く弁護士と一緒に訪問することもありました。

従来の金融では考えられないような支援も

―通常の支援ではありえないような策をとることもあったようですね。

私の支援先の「たろう観光ホテル(岩手県)」は、当時津波に流されて何もないフロアで、社長と一緒に計画づくりをしたんです。いまは錆びないように処理しており、問題はありませんが、当時は吹きさらしでボロボロの階段を上り、電気も通じない寒い中、たびたびの余震に不安を抱きながらの打ち合わせでした。6階でしたので結構揺れ、かなり怖かったことを覚えています。
いまは山側に新館を建築したため、旧館を宮古市と国に買ってもらい、震災遺構として遺すことにしました。旧館は金融機関が担保にとっていたため、担保と一緒に我々が債権を買い取って債務免除をするのですが、担保の換価性がないため、これをどうお金にしようかと考え、宮古市と国に働きかけたということです。
このホテルに限らず、震災前の借入金のほとんどを免除することができますが、新しくオープンした建物の借入金もあるため、どうアイデアを出し、事業者さんの負担を減らしていくかということが求められています。おそらく、いままでの金融では考えられないようなことをたくさんやってきていると思います。
たとえば、同じ不動産でも正常価格で売却するには時間がかかる場合、運転資金を捻出するために、かなり低い金額でもとにかく早く売却したりします。ただ、金融機関からするとロスが出てしまうため、そこの交渉も行います。

―当時は、どのような気持ちで取り組んでいましたか?

言葉にすると少々誤解を与えてしまうかもしれませんが、社長を助けるのではなく、その事業を助けるのが仕事だと思うようにしていました。当然、そこに働いている従業員の方、またその家族を路頭に迷わせるわけにはいきません。会社を守るためには、社長に厳しいことを言わなければならないこともあるわけです。その覚悟を持っての支援が、私たちには求められていますね。

(つづく)

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プロフィール

高橋 尚志(たかはし なおし)
1976年秋田県生まれ。中小企業診断士。(株)北都銀行(本店:秋田市)入行後、群馬県中小企業再生支援協議会へ転じ、2012年(株)東日本大震災事業者再生支援機構入社。過大な債務に苦しむ中小企業への事業再生を通じ、その事業と従業員を守りたいという想いで再生支援に携わっている。