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「私ももう一度、目指したい」―福永響子さんに聞く「妻の目線からみた診断士(2)」

取材・文:田中 聡子(中小企業診断士)

【第3回】ふくらむ中小企業診断士への期待

取材日:2011年3月13日

最終回は、響子さんご自身が将来、どのような中小企業診断士を目指していらっしゃるかをうかがいます。そこには、響子さんの高校時代の経験が大きく影響していました。

子どもの未来を支える中小企業診断士になりたい

― 響子さんは、中小企業診断士資格を取得したら、どのような分野で活動したいですか。

福永響子さん

私が母親であることや、予備校に勤めていたこともあるでしょうが、子どもたちが早くから将来を考え、自分の進路の選択肢を広げられるような環境をつくるために働きたいと考えています。これには、私自身が大学進学を前に進路を大きく変えた経験も影響していると思います。

母がピアノの先生だということはお話ししましたが、母は娘の私もピアノの先生にしたいと思って育てていました。私は中学から私立に通ったのですが、その理由は、部活動にとらわれずピアノの練習ができる環境をつくるためでしたし、通学前に毎朝1時間、レッスンをしてから学校に行くのがルールでした。当時は私も、それが当たり前だと思っていたんですね。

私が進んだのは、驚くようなお嬢様学校で、誰もが知っている大企業の社長令嬢なども大勢いました。中学生なのに、エルメスのスカーフを学校指定のバッグに巻いて通学するような生徒がたくさんいたんです。自分とは行動も考え方もまったく異なる同級生と過ごした6年間でしたが、それしか知らなかったら子どもは、そういうものだと思ってしまうんですよね。

そんな私が、大学進学を前に初めて、音大に行くか普通の大学に行くかを真剣に考えることになります。受験対策に通った塾で、初めて心を開ける友人ができたんです。また、先生に進路相談をするうちに、このまま音大に行ってピアノの先生を目指すことが、本当に自分にとってよいことなのかを考えてみる気持ちになりました。結果的に音大進学はやめたのですが、その理由は、将来的にもピアノの先生が仕事として成立するほどのマーケットは、自宅近辺では維持できないと考えたためでした。母の世代と異なり、現在は一家に1台のピアノがある時代ではありません。だから、高校時代にコンクールで受賞した経験があっても、音大に行ってさらに技術を磨いたとしても、それが仕事に直結する可能性は低いのではないかと思ったのです。

あのとき予備校に通っていなければ、自分で進路を選ぶこともしなかったかと思うと、教育機関の果たす役割は大きいですよね。予備校と学校のすみ分けなど、課題もたくさんありますが、せっかく中小企業診断士を目指すのですから、自分のやりたい分野でパイオニアになれる仕事をしたいと思っています。

― 子どもは、自分で意識している以上に親の影響を多く受けているのでしょうね。

私の母は公的な資格がなくても、自分でパリへ行ってレッスンを受けた経験を活かし、技術一つでピアノの先生をしています。父も商社を退職後に自分で会社を立ち上げ、いままでの経験や人脈を活かして仕事をしています。そんな姿を見て育ったので、「資格なんて関係ないんじゃないか」、「大切なのは、自分自身の独自性や求心力だろう」と、ずっと思ってきました。一方で主人のお父様は、免許を活かして航空会社で働いています。主人はそれを見て育ったので、資格が持つ意味や可能性を理解しているのだと思います。

資格など特に必要ないと思っていた私が、ふとしたきっかけで中小企業診断士資格に関心を持ち、主人が診断士活動の輪をどんどん広げているのを見ることで、資格取得によって広がる世界があると気づけたのは、とてもよかったです。

― ご主人にとっても、響子さんが中小企業診断士受験に関心を持ったことで、思わぬ世界が広がりましたね。

(取材に同席いただいていたご主人の圭佑さんから)

そうですね。僕も相当、資格を活用させてもらっています。きっかけは妻がつくってくれましたから、感謝もしていますよ。妻の受験は一時休止となっていますが、その間にいろいろと中小企業診断士のフィールドを見せてあげられればと思います。

(それを受けて響子さんから)

地ならしをよろしくお願いします(笑)。

― 資格取得後は、ご主人と一緒の活動を考えていますか。

福永響子さん

むしろ、まったく別のことをしたいと考えています。お互いが得たものは情報交換できますし、別の分野で仕事をすれば、リスク分散にもなりますから。私はしたいことがあると、とにかくどんどんやってみたいタイプです。大学生のときもそうやって広告業界に飛び込みましたし、リスクを考えるより、まず動くほうですね。次に仕事を始めるなら、先は国会議員を目指す(!)くらいのつもりで取り組みたいと思っています。とは言え、万が一のことがあっても食べていけるように、家庭内でリスク分散を図りたい。下の娘が幼稚園に上がるまでは充電期間と割り切って、それまでに主人がどのように中小企業診断士資格を活かすのか、研究しておきたいと考えています。

大学時代も、高校までのおとなしい生活時期があったからこそ、学業と並行して広告業界で働くという原動力になりました。子育てが一段落したら、いま持っているエネルギーを資格取得とその後の活動に向けたいですね。

― 資格取得後の響子さんの活躍が、いまから楽しみです。中小企業診断士になったら、ぜひインタビューの続きをさせてください。本日は、ありがとうございました。

(おわり)

福永 響子(ふくなが きょうこ)
1983年生まれ。関西学院大学在学中よりベンチャー広告代理店に所属、主に日本未上陸ブランドのセールスプロモーション戦略やマーケティング戦略に、独自のアイデアで携わる。卒業後は、大学受験予備校の進学アドバイザーに就職。偏差値に見合う進学よりも、将来のキャリア形成をイメージしたうえでの志望校選びを説く。現在は退職し、2児の子育てに奮闘中。