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「私ももう一度、目指したい」―福永響子さんに聞く「妻の目線からみた診断士(2)」

取材・文:田中 聡子(中小企業診断士)

【第1回】ご主人の資格取得のきっかけは奥様

取材日:2011年3月13日

今回は、中小企業診断士をご主人(編集部注:福永圭佑さん)に持つ福永響子さんにお話をうかがいました。響子さんは、出産・子育てで中小企業診断士受験を休止しているものの、将来はもう一度、資格取得を目指したいと考えています。
ちなみに圭佑さんは、響子さんの影響で受験を考えたとのこと。初回は、圭佑さんが受験を決意するまでと、響子さんが資格に関心を持った経緯をお聞きします。

「僕が、代わりに受験するよ」

― 当初は、奥様の響子さんが中小企業診断士受験を計画されていたのですよね。どうして、ご主人の圭佑さんが受験することになったのでしょうか。

福永響子さん

受験勉強を始めてすぐ、娘を授かったからです。出産予定日を調べたら、1次試験直前の7月でした。体調が思わしくなかったこともありますが、初産だったために大事をとり、いったん受験勉強を休止することにしました。「せっかく関心を持った資格なのに、この世界から離れるのは残念だな」と思っていたら、主人が「僕が、代わりに受験するよ」と言ってくれたんです。

私が中小企業診断士の資格を知ったのは、会社ですすめられたのがきっかけ でした。結婚のために上京し、派遣として勤め始めた会社でのことです。そこは、eラーニングで法人向けに新人研修を行っていました。初めは採点を担当していたのですが、「ここは受講生がミスしやすいので、テキストの解説を手厚くしたほうがいいと思います」、「科目によって、平均点にバラつきがありますね。どの科目でも、一定量を学習したらある程度得点できるように難易度を調整したほうが、受講生のモチベーションが高まると思います」などと上司に気づいた点を伝えていたところ、「もっといろいろ、手伝ってみない?」と声をかけていただくようになりました。結婚前は神戸で予備校に勤めており、問題やテキスト作成のノウハウを持っていたので、それを評価していただいたようです。そのときに上司から教えてもらったのが、中小企業診断士資格でした。「資格を取得したら、採点講師として名前を出し、『中小企業診断士が採点する講座』としてアピールしよう」といった話もいただきました。調べてみたら、自分の興味がある内容がたくさん載っていて、とても面白そうだと思ったんです。

仕事が楽しくなり始め、「せっかくの機会だから、資格も取得して東京で新しい生活を楽しもう」と思った矢先の妊娠で本当に驚きましたが、主人はとても喜んでくれました。結局、体調管理を優先して受験を休止することにしたのですが、主人はもともと財務が得意で、私が勉強を始めた当初は自宅で教えてもらっていたんです。ですから、資格のイメージはできていたようでした。それもあって、代わりに受けることを宣言してくれたのでしょうね。そしてだからこそ、私はいまも中小企業診断士資格に関心を持ち続けていられるわけですし、主人にはとても感謝しています。

「仕事」をしていた大学時代

― 当時は、社会人3年目ですよね。それまでの経験で、中小企業診断士資格に関心を持つような経験があったのでしょうか。

大学時代は、雑誌の読者モデルをプロデュースする仕事をしていました。ある日、知人から、「日本未発売の時計のプロモーションをしかけたいのだけど、何かアイデアはない?」と相談を受けたんです。雑誌の読者モデルをしていた高校の同級生がたくさんいたので、「彼女たちにその時 計をつけてもらって、PRしたらどうでしょう?」と話したら、「じゃあ、響子ちゃんがマネージャーをしてよ」と言われ、仕事として活動することになって。読者モデルを販促に活用するというアイデアは、それまで業界になかったようで、かなり面白がってもらいました。

当時はベンチャーブームで、周囲にも20代で社長としてバリバリ活躍している人が多く、私も自分で仕事をしたいという思いがとても強かったんです。大学生活よりも、卒業後に何をするか、何がしたいかを考えながら、学生生活のかたわら、マネージャーとして仕事をしていました。その実体験が、中小企業診断士試験のマーケティング分野などと結びついて、なおさら関心を持ったのかもしれません。その仕事でかなり"稼いだ"時期もありましたし(笑)、忙しかったけれどとても面白くて、学生なのに昼夜を問わず、全力で働いていましたね。

― でも、卒業後は方向性を変更して、学習塾に勤めたのですよね。

就職活動の時期になり、あらためて自分のしたいことを考えました。先ほどお話しした広告代理店の仕事はとても面白かったのですが、23時にファクスがきて、「今日の26時から会議ね」というような世界でしたから、一生続けていくには、体力的にも相当な覚悟が必要です。私の母はピアノの先生なのですが、いまもまだ働いていて、親子2代で通われる生徒さんもいます。その母を見て育っているので、「私も一生、現役で働き続けられる仕事にしよう」と考え始めました。

そんなとき、大学受験でお世話になった予備校の先生から、電話がかかってきました。その先生は、私が師匠と仰いでいる方で、大学に入ってからも連絡をとっていました。就職先を決めかねていることを相談したら、「うちで働かない? 仕事のやりがいもあるし、転勤もないから、ずっと実家にいられるよ」と、うまいこと説得されてしまいました(笑)。ですから結婚するまでは、自分が地元の神戸から離れるなんて、夢にも思っていませんでした。

― 地元で働き続けようと思って選んだ学習塾だったのに、ご主人との結婚で、東京にくることになった。

そうなんです。でも、そういったことがつながって中小企業診断士資格に興味を持ったのですから、人生は面白いですね。

(つづく)

福永 響子(ふくなが きょうこ)
1983年生まれ。関西学院大学在学中よりベンチャー広告代理店に所属、主に日本未上陸ブランドのセールスプロモーション戦略やマーケティング戦略に、独自のアイデアで携わる。卒業後は、大学受験予備校の進学アドバイザーに就職。偏差値に見合う進学よりも、将来のキャリア形成をイメージしたうえでの志望校選びを説く。現在は退職し、2児の子育てに奮闘中。