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診断士に向けた熱いメッセージ

中小企業診断士に期待する

ヤマハ(株)代表取締役会長 岸田勝彦さんに聞く

取材・文:加藤 毅(中小企業診断士)

【第2回】 ジェネラリスト的な視野が身につく絶好の資格

岸田勝彦さん無理といわれた工鉱業部門に挑戦

― 岸田会長が中小企業診断士の資格を取得しようと思ったきっかけを教えてください。

49歳のときから勉強をはじめました。当時の私は自己主張が強かったのですが、その割にビジネスマンとしては実力不足ではないかと感じていました。一念発起して自己啓発をしようと人事部に経営全般の勉強をしたいと相談したところ、中小企業診断士を薦められました。当初、資格取得は考えていませんでしたが、力試しのつもりで中小企業診断士試験を受けたら不合格でした。落ちたらやはり頭にきまして、本格的に挑戦することになりました。

― 工鉱業部門での登録ですね。

ヤマハはメーカーですから工鉱業部門を勉強したかったのです。当時はピアノ事業本部の副本部長でした。開発、製造、販売、すべての責任者として知識や能力を磨きたいと思い工鉱業部門を選びました。

技術系の人間でも合格は難しいのに経済学部出身の私が合格するわけがない、と教育機関の先生からは強く反対されましたよ。設計、製図、加工技術、コンピュータ、半導体まで学ばなければなりませんから。案の定、取得までに足掛け5年もかかってしまいました。

中小企業診断士の資格を取れたことは精神的な支え

― 仕事をしながらの勉強は大変だったのでは?

当時は仕事が猛烈に忙しく、朝の7時に出社して夜の9時まで会社にいるという生活でした。夜は疲労困憊して勉強はできません。夜は早く寝て、毎朝4時から2時間勉強するという生活を続けました。接待などがあっても二次会はお断りしました。土日のどちらかは出社して仕事をしていましたが、空いている日は勉強にあてました。家族は私の健康を心配していましたね。

社内では勉強していることを黙っていました。たとえばゴルフの練習を熱心にしていると放言して、実際に下手だったら馬鹿にされますよね。勉強もそれと同じと思っています。私はピアノ事業本部長になったときも、部下に内緒でピアノ演奏を勉強したんですよ。いきなり部下の前で弾いたらびっくりされました。

中小企業診断士第2次試験に合格後、第3次試験(実習)のため会社を2週間休まなければなりません。そこで、はじめて周囲に話しました。

中小企業診断士の資格を取るまでに苦労しましたので、中小企業診断士に対して思い入れが強いです。50歳を超えても自己啓発ができた、がんばれたということが大きな自信につながっています。中小企業診断士の資格を取れたことは、私の大きな精神的な支えです。

― 経営者としてだけではなく、中小企業診断士としての活動もしていらっしゃいますね。

現在は企業内診断士であるため、時間的制約が厳しく十分に活動できているとは思っていません。それでも静岡県支部主催の研修や行事に都合のつく限り参加しています。相互啓発組織である西部地区診断士同友会に加盟して、適宜研修などにも参加しています。

同じ志をもち、向学心のある中小企業診断士の先生方と交流することは絶好の刺激剤になりますし、自分自身の成長に大きく役立っています。

2005年9月に私を含む中小企業診断士有志7名で「元気な会社の海外進出戦略~各社の実例に学ぶ成功へのアプローチ~」を完成させました。ヤマハをはじめ各社の海外進出の事例をマニュアル化したものです。当初は100ページほどの予定でしたが、300ページを超してしまいました。「元気な会社の海外進出戦略」は材料調達、生産基盤整備、人事労務など各機能別、国別に記載されています。

本マニュアルの作成は、浜松在住の中小企業診断協会常任理事であった橋本文夫先生から執筆を勧められたことがきっかけです。当初は時間がないためお断りしようと思いましたが、「実践的なマニュアルを作りたい」「君の経験を社会貢献に役立ててほしい」という橋本先生の熱意に応えることとしました。私が中国など海外の工場を立ち上げたことをご存じだったのです。

OBを含めヤマハやヤマハ発動機に関わりの深い中小企業診断士7人を集めプロジェクトチームを作りました。7人の侍です。週に一度、業務が終わったあと編集会議を重ねました。完成までに1年半かかりました。

「元気な会社の海外進出戦略」に書かれているノウハウはヤマハの経験だけではありません。静岡県下に本社を置く企業にもご協力いただきました。ホンダやスズキといったヤマハ発動機とライバル関係にある会社にも交渉しました。各社とも私を信頼してくれて、30社が協力してくれました。貴重な生のデータが詰まっています。

成功事例集として各社の経営者にインタビューした結果をまとめてあります。こうやったら上手くいくということがよくわかると思います。

― 中小企業診断士として目標はありますか。

中小企業診断士としてのスキルを磨きたいと思います。「ヤマハという大きな看板がなかったらお前は何もできないのではないか?一人のコンサルタントとして通用するのか?」ともう一人の自分が問いかけている気がします。将来は中小企業診断士としての知識をリファインしたい、工程を見て、話を聞いて会社の問題をピシッと指摘できるように自分を磨きたいですね。

中小企業診断士はジェネラリスト的な視野が身につく絶好の資格です

― 従業員の皆様にも中小企業診断士の資格取得を勧めますか?

超多忙であった私が足掛け5年もかけて中小企業診断士資格を取得したことに大きな刺激を受けて資格を取得した従業員もいます。また、私が薦めたことで資格を取得した従業員もいます。

中小企業では一人がいろいろな役をこなさなければなりません。しかし大企業というものは一般的に高度分業化社会です。各部門にスペシャリストは育っているものの、ジェネラリスト的な広い視野を持った人間は育ちにくいものです。たとえば財務については徹底してやる、半導体の研究については徹底してやる、けれどもその分野以外のことは弱くなりがちです。中小企業診断士は財務、法務、マーケティング、製造など一通りを勉強します。ジェネラリスト的な視野をもつには絶好の資格であると考えています。

― 最後に経営者としてまたお一人の中小企業診断士として、後進の中小企業診断士への応援メッセージをお願いします。

他の国家資格は限定された分野や特定部門の専門家であるのに比べ、中小企業診断士の活動領域は企業経営全般にわたっておりコンサルタントとしては最も難易度の高い職業の一つであるといえます。昨今のような変化の激しい経営環境下では、確信をもって経営できる経営者は皆無であるといっても過言ではありません。また、我が国経済の発展を底支えしてきたのは紛れもなく国内企業の9割以上を占める中小企業にほかなりません。

その中小企業経営者に対し、進むべき方向を示し、その発展をアシストしていく使命を担う中小企業診断士の役割は極めて大きいといってよいでしょう。

これからも引き続き、頼りがいのある信頼される中小企業診断士となるべく、お互い最善の努力をしてまいりましょう。

岸田 勝彦さん:ヤマハ(株)代表取締役会長

岸田 勝彦(きしだ かつひこ)/1966年日本楽器製造株式会社(現ヤマハ株式会社)入社。1992年ピアノ事業本部長。1994年取締役。1998年常務取締役。2000年専務取締役。2004年代表取締役会長。1996年に中小企業診断士登録(工鉱業部門)。

売上高5,340億84百万円(グループ連結2006年3月期)従業員数25,298人名(グループ連結)

会社名 ヤマハ株式会社
設立 1897年10月12日(創業1887年)
資本金 285億34百万円(2006年3月31日現在)
本社所在地 静岡県浜松市中沢町10番1号
ホームページ http://www.yamaha.co.jp